空はかなり暗くなった。
嵐が収まる気配はなく、寒さが増してくる。
手足の感覚が無くなるくらい冷え切り、でも怪我をした右足だけは、時折激しく痛む。
頭がボーッとし、前のことを振り返る余裕も無くなってきた。
(足をかばって移動してみるか?)
一瞬考えたが、すぐに無謀だと判断した。
真っ暗な、嵐が吹きすさぶ森の中を移動して、事態が好転するとは考えにくい。
(ポケナビがないのが誤算だな)
現在地がわかるだけでも、かなり違ってくる。無い物ねだりをしても仕方ないが。
(俺がどうなるかは、神のみぞ知る。か)


 ヘキが放ったオオスバメのジングーは、フラフラになりながらミシロタウンに到着した。
暗くなっても帰ってこないヘキを心配するオダマキ夫妻は、顔色を変えてポケモン達を部屋へ入れる。
「帰ってきたのはポケモンだけだわ」
「この嵐だ。ヘキを連れて飛べなかったんだろう。
 ジングーにきずぐずりを。レスキュー隊に連絡しよう…」
「僕が探しますよ」
玄関から、あまり聞き慣れない若い男性の声がした。
「ヘキくんが行く場所は、見当がついてます。僕のポケモンなら、空を飛んでいけます。
 オオスバメを治療していただけますか?」
「あ、ああ…」
オダマキ博士はオオスバメに回復の薬を与える。
「オオスバメをお借りします。レスキュー隊に連絡し、120番道路を捜索するように伝えて下さい」
「120番道路?」
「もう行きます。必ずヘキくんを連れて帰ります」
青年はオオスバメを持ってから、自分のエアームドを出す。
「行ってくれ、エアームド」
エアームドは嵐をものともせず、力強く飛び立った。
不安そうに空を見る母親と、いくぶん落ち着いた様子の博士が残される。
「あなた。あの方に任せて大丈夫かしら?」
「心配ない。私は彼を知っている。信じて平気だよ。
 それよりも、早くレスキュー隊に連絡しよう」
「ええ…」
心配と疲労を顔に刻んだ母親は、ゆっくりと玄関の扉を閉めた。


 森の中はすっかり暗くなってしまった。嵐はさっきよりひどくなっているようだ。
ヘキがいる辺りも段々と濡れてきた。
寒さは極限に達し、足の痛みは治まらない。
ヘキは凍えながら、ゴウゴウと音を立てる森の中でうずくまっていた。
不安と孤独が胸に広がる。
(やっぱり、俺、死ぬのかな。バカな死に方だな)
ポケモンを捕まえる為だけに嵐の中に突っ込み、遭難する。
自分らしいとは思う。
生き残る可能性が一番高いのが、今、待ち続けるというのも笑える。
(笑える…か)
ずぶぬれで寒くて怪我していて迷子になって。
悪い状況が揃っている。
(お迎えももうすぐかな)
と考えていると、遠くに白い光がポッと現れた。
(うわ。本当に来たよ。もう死んじゃうんだ)
「…くー…」
(幻聴まで聞こえてきた)
「ヘキくーん…」
ヘキはムッとした。一番聞きたくない声。
死ぬ間際に、あいつの声が聞こえなくてもと思う。
「ヘキくーん、どこだー?」
声はさらに大きくなり、光が大きくなる。
(幻じゃない!)
にわかには信じがたいが、光と声は現実のものだ。
「ここでーす! 俺はここでーす…!」
残りわずかな体力と気力を振り絞り、ありったけの声で叫んだ。
「ここでーす!大木の根元でーす!」
ヘキの声に比例し、光が近づいてきた。人影も見える。
「ヘキくん!」
草をかき分け、現れたのは銀髪の青年。
「ダイゴさん…」
懐中電灯を持ち、レインコートを着て現れたのはダイゴだった。
外にさらされている顔と前髪はぐっしょりと濡れている。
「ヘキくん! 大丈夫か!?」
自分が着ていたレインコートと上着をヘキに被せ、必死の形相で尋ねる。
「何とか…。右足を少し怪我してますが…」
ダイゴは、木の棒と包帯で固定された右足を見て、すぐに状況を判断した。
「うわっ!?」
有無を言わさずヘキを背負うと、ダイゴは元来た道へと歩き出す。
「近くの町まで我慢してくれ。さすがに二人連れで、嵐の中は飛べないからね」
「だ、大丈夫です。自分で歩きます」
「歩けるのなら、あんな所にうずくまっていないだろう?」
図星を突かれた。あきらめて、おとなしくヘキは背負われる。
ダイゴはしっかりとした足取りで歩いていく。
「ダイゴさん」
「ん?」
「なぜ、助けに来てくれたんですか?」
「君が迷子と聞いたから。できることをするのは当然だろう?」
「そうじゃなくて」
やや語尾を荒げて、ヘキが尋ねる。
「どうして俺が遭難していることを知ったんですか?」
「君の家に、ポケナビを届けに行ったんだよ」
「え?」
ダイゴはポケットからポケナビを取り出す。
「昨日、トウカの森に落ちてたんだ。
 すぐに届けたかったけど、はずせない用事があって行けなかったんだよ。
 やっと行ってみたら、君が帰ってきてないと大騒ぎ」
ヘキはばつが悪そうな表情で横を向く。
「アメタマは捕まえたみたいだね」
「……」
返事はない。が、少なからずヘキは動揺した。
「アメタマ大量発生のニュースを見たからね。ここに来ていることは見当ついた。
 もっとも、近くまで案内してくれたのは、君のオオスバメだけどね」
「ジングー!?」
ヘキがバッと正面を向く。
「ジングー…俺のオオスバメは無事に着いたんですね」
「よく鍛えてなついている、いいポケモンだ」
ダイゴはモンスターボールとポケナビを渡そうとするが、ヘキの腕はかじかんで、うまく持てない。
「無理ないか。もうしばらく僕が持っているよ」
「…ありがとうございます」
ヘキはぶっきらぼうに、でも少しだけ照れくさそうに言った。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「当然のことをしただけだよ。
 もっとも、これからは無茶はするんじゃないよ」
諭すような、優しい口調。
あぁ、この人にはかなわないな。とヘキは思う。
彼ならきっと、べにばなを幸せにしてくれる。
こんな状況で考えることではないのに、そう思ってしまう。
「…はい」
小さく返事をするヘキの声はかすれていた。
「さぁ、帰ろう」
返事の代わりに、背中から漏れる、のどを詰まらせたような小さな声。
ダイゴはその声を聞かない振りをし、歩いていった。


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