「何でイヤな事ばかり思い出すんだ?」
だいぶ暗くなってきた120番道路の深い森の中で、ヘキは思う。
寒さと孤独と不安のせいなのか、思考がマイナスにマイナスに傾いていく。
「今考えると、あの後の俺、おかしかったよな」
でなければ、今頃こんな所にはいない。


 ヘキとダイゴが会った翌日。
天気予報の通り、超大型で強い台風が、ホウエン地方を襲った。
かなりゆっくり移動している台風は、長時間の間、各地に雨風もたらし続ける。
窓を叩く暴風雨を家の中から眺め、ヘキは小さくため息をついた。
「やっぱり今日は、外へ行くのは無理だな」
家でおとなしく図鑑を確認しようと、机に向かう。
ヘキの図鑑は三分の二以上埋まっている。見かけただけのポケモンを含めると、珍しいポケモン以外はほぼ載っている。
がむしゃらにポケモンを捕まえ、育てた結果だ。
「エネコも捕まえたし、ラルトスもいる。チリーンもトロピウスも入手した。ワカシャモはバシャーモに進化した。ナマケロは昨日捕まえたし…」
つぶやきながらヘキは、昨日のダイゴを思い出す。
『そうでもないんだけど』
べにばなが好きだとヘキが言ったときの、真剣なダイゴの顔。
「つまり両思いなんだよな、あの二人」
嫉妬とも怒りとも悲しみとも受け取れる複雑な気持ちが、胸の中に渦巻く。
「でも、お互い、気持ちは伝えてないみたいだな。つきあっている様子は無いし」
ポツリとつぶやく。
当事者同士が臆病になるのもわからなくはない。
が、双方の思いに何となく気付いてしまったヘキにしてみれば、今の状態から踏み出さない二人に苛立ちを覚える。
ゴウゴウと大きな音を立てる嵐が、なぜか昨日のダイゴを鮮明に思い出させる。
気がつくと、ダイゴとべにばなのことを考えてしまう。
「ああ、もう」
二人の事は考えたくない。気を紛らわせるかのように、ヘキはテレビをつけた。
『…現在、暴風域に入っているキンセツシティからお送りしました』
波がとても高く荒い港近くの防波堤で雨ガッパを押さえながら中継をする女性リポーターが映るが、すぐにスタジオの男性キャスターの映像になった。中継の終わり間近にテレビをつけたらしい。
『続いては、アメタマ大量発生のニュースです』
ニュースを見る、ヘキの目の色が変わる。
『本日、120番道路に、アメタマが大量発生しています。ここ数年中で一番の大量発生との情報です』
あわててヘキはポケモン図鑑を見る。アメタマの名前と姿は図鑑に載っているが、詳しいデータはない。
テレビ画面が120番道路の中継に変わる。リポーターが雨ガッパを押さえてしゃべっている背後を、アメタマが数匹、プカプカと流されている。
滅多にいないアメタマを、数匹いっぺんに目撃できるということは、本当にたくさんいるのだろう。
「でも、こんな嵐の中を捕まえには行けないよな」
横殴りの雨と、立っているのが大変そうな風。水辺にすむアメタマですら流されている。
こんな日に水辺に行くのは自殺行為だ。
「せっかくのチャンスなのに…」
『そうでもないんだけど』
不意にダイゴの声が頭に響いた。
「何で!?」
ガン。と壁を叩くヘキ。しかし、真剣な表情をしたダイゴの影は離れない。
『私とヘキくんは友達だよ!』
べにばなの言葉まで、頭に響く。
ジムバッチを八つ集めて、ポケモンリーグに挑戦しているべにばな。
迎えうつチャンピオンのダイゴ。
想い人のべにばなはダイゴが好きで、ダイゴもべにばなが…。
「俺は? 俺には何が残っている?」
先輩だったはずのポケモンバトルは、べにばなに大きく水を開けられた。
もちろん、ダイゴに勝てる腕はない。
突如ヘキの胸に広がる、強烈な敗北感と焦燥感。
「俺は…俺は…!」

 ポケモンと荷物と雨ガッパをつかみ、部屋を出る。
「ヘキ? どこへ行くの!?」
「夕方には帰る」
母親の制止も聞かず、ヘキは家を飛び出した。
「ジングー、大変だろうが頼む。ヒマワキシティまで『空を飛ぶ』!」
豪雨と暴風の中に、ヘキとオオスバメは消えていった。


←前へ 次へ→


ポケモントップ 物語トップ

サイトトップ