「こんな時に、イヤなことを思い出すな」
横殴りの風を受けながら、ヘキがつぶやく。
「これで終われば、まだよかったんだけど…」
薄暗く寒い森の中で、ヘキはまたぼんやりと思考に浸った。


 しばらく落ち込んでいたヘキだったが、べにばなへの思いを振り払うかのようにフィールドワークに没頭していった。
 一方、べにばなは八つのバッチを揃え、ポケモンリーグに挑戦しようとしていた。


ヘキがいつものようにフィールドワークの為、トウカの森にいた時のことである。
風が強く、木々が大きく揺れているトウカの森。
ニュースによると、明日は台風だとか。
あまり姿を現さないナマケロを捕まえたとき、後ろから手を叩く音が聞こえた。
「ナマケロを捕まえるなんてすごいね」
よく通るテナーの声。振り返ったヘキの眉間に、思わずしわが寄る。
銀髪で背が高い、美形の青年。ある意味、ヘキが一番会いたくなかった人物。
「ダイゴ…さん」
「あ、やっぱり僕のこと知っていたか。オダマキヘキくん」
わざわざフルネームで呼ぶところが嫌みだと、ヘキは思う。
(この人がべにばなの想い人…)
つい不機嫌な表情が浮かぶ。ヘキにしては珍しく感情を隠そうとしない。
「ごめん。邪魔したなら謝るよ。だからそんなにイヤな顔をしないでくれよ」
 それとも、僕と勝負したい?」
「いいえ。バッチを八つ持ってないですから」
「そうか。素質はありそうなんだけどな」
「で、何か用ですか?」
相変わらずぶっきらぼうにヘキが尋ねるが、ダイゴは堪えてないようだ。
「いや、ナマケロを捕まえたのがすごいと思っただけだよ」
「根気よく探せば、誰だって捕まえられますよ。
 それより、こんなところで油を売っていていいんですか?もうじき、べにばながあなたの所へ行きますよ」
「どうかな? チャンピオンロードで力尽きるかもしれないし、四天王は強いよ」
「でも、きっと勝ちます」
「大した信頼だね。それは君の願いかい?」
キッとダイゴをにらむヘキ。やはりダイゴは涼しい顔で流す。
「俺は、頑張ってるべにばなに勝ってほしいだけです」
「ヘキくんは、べにばなちゃんが好きなんだ」
ズバリの一言。
「からかってるのなら、いい加減にして下さい!」
図星を指されたヘキは、顔を真っ赤にし、今にも喰いかからんばかりの勢いで怒鳴った。
「ごめん。からかってるつもりは無いんだ。思ったことを言ってみただけだよ」
「俺がべにばなをどう思っているかなんて、あなたには関係ないです」
「そうでもないんだけど」
ハッとして、ヘキはダイゴを見る。
ダイゴに笑みはない。真剣そのものの表情。
(まさか、ダイゴさんもべにばなのことを…)
すぐに感づいたヘキだが、そのことを尋ねることは、やはりできない。
「…好きですよ。一人の女性として。…振られましたけど…」
ヘキの言葉に、ダイゴは複雑な表情を浮かべる。
「他に好きな人がいるって言われました」
あなたのことだと思いますよ。と、ヘキは心の中で思ったが、そこまで教える必要はない。
一瞬だが、動揺が顔に出たダイゴを見て、少し気が晴れた。
「そろそろリーグに戻った方がいいんじゃないですか?」
「もう少ししたら戻るよ」
「そうですか。風が強くなってきたので、俺は帰ります」
ヘキが言うとおり、トウカの森は風で揺れていた。
「お先に失礼します」
オオスバメを出しながら、ヘキが形だけのあいさつをする。
「ああ。君ともチャンピオンリーグで戦いたいね」
「どうも」
ダイゴをほとんど無視する形で、オオスバメを空へ放つ。
オオスバメにつかまり、空を飛ぶ。
 一気に遠くなるトウカの森を眼下に眺め、ヘキはつぶやいた。
「…むかつく」
ヘキの気持ちに呼応するかのように、トウカの森が大きくざわめいた。


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