数ヶ月前、べにばなの一家はジョウト地方から引っ越してきた。
べにばなは、明るくてよくしゃべる。というのが第一印象。
どちらかというと人見知りで口数が少ないユウキは、最初は彼女に圧倒された。
しかしすぐに打ち解け、ポケモンを持つのが初めてのべにばなに、色々教えることになった。
センスもあり、飲み込みが早いべにばなに教えるのは、楽しくもあり、正直焦りもあった。


(最初はただの友達で、ポケモンの後輩だと思ってたのにな…)
 ユウキが自分の気持ちの変化に気付いたのは、べにばなと銀髪の青年がしゃべっているところを目撃したときだった。


 いつものように、ポケモンを捕まえに行ったとき、たまたま二人が話しているのを見かけた。
目の前に茂みがあり、二人はヘキがいることに気付いていないようだ。
目を輝かせ、心もち顔を赤らめて、でも嬉しそうに微笑むべにばなを見て、ヘキはすぐにピンときた。
(べにばな、あの男が好きなんだ)
同時にわき上がる、ドス黒い感情。
優しく話しかける青年に向けられる、ドロドロした気持ち。
それが嫉妬だとわかったとき、自分の、べにばなに対する恋心に気付いてしまった。

 べにばなが話している相手を、ヘキは知っている。
ツワブキダイゴ。デボンコーポレーション社長の御曹司で、ポケモンリーグチャンピオン。
父親のオダマキ博士と共に出席した会合で、何回か見かけたことがある。
ルックス・家柄共に申し分なく、優しくて、ポケモンバトルも強い。
はっきり言って非の打ち所がない。
かなわない。と思ったが、ヘキはあきらめることができなかった。


 べにばながミシロタウンに帰ってきたときに、ヘキは彼女を町はずれに呼び出した。
町はずれの小高い丘からは、ミシロタウンが一望できる。
夕日に照らされた町は、淡いオレンジとピンクに染まっていた。
「うわぁ、きれい。こんな場所があるなんて知らなかった」
町を見下ろし、感嘆の声をあげるべにばな。
「ジムバッチ、順調に集まってるんだってね」
同じく町を見下ろしながら、ヘキが口を開く。
「このまま行くと、チャンピオンも夢じゃないな」
「だといいけど。まだ先があるからね、頑張るよ」
「うん。頑張れ」
「もちろん!
 …で、用って何?」
オレンジとピンクが混ざったような淡い夕日をバックに、べにばなが尋ねる。
赤く染まったべにばなに、緊張した面もちでヘキが向き直る。
「チャンピオンを目指している、大事なときに言うのも何だけど、どうしても伝えておきたいんだ」
「なぁに?」
キョトンとした顔でヘキを見るべにばな。
拳をギュッと握るヘキ。深呼吸をひとつ。
「俺、べにばなが好きだ」
静かな、でもハッキリとした口調。
「…え?」
「一人の女性として、べにばなが好きだ。だから俺と…つきあってほしい」
飾り気のないまっすぐな告白。
だからこそ、偽りではない正直な思い。
表情は変わらないが、ヘキは夕日の中でもわかるくらい真っ赤になっている。
べにばなも、やはり顔を真っ赤にしながら目を見開いた。
「びっくりしたと思う。でも、今の俺の本音なんだ」
 しばしの静寂。
真っ赤になって固まっていたべにばなが、ゆっくりと口を開いた。
「…ごめんなさい」
泣きそうな顔で、べにばながつぶやく。
半ば予想していた答えだが、ヘキにとってはつらい一言だ。
しかし、自分の気持ちを極力顔に出さないように努める。
「好きな奴でもいるのか?」
ヘキは聞いてみた。
少し間があったが、無言で首を縦に振るべにばな。
やはり相手はツワブキダイゴか? と聞いてみたいが、そこまでの度胸はない。
 しばらく重苦しい空気が辺りを包む。
ヘキは再び拳を握ると、その雰囲気を断ち切るかのように言葉を発した。
「あのさ、べにばな。図々しいかもしれないけど…友達ではいてくれるか?」
泣きそうな、困ったような顔をしていたべにばなだが、パッと笑顔になる。
「当たり前でしょ! 私とヘキくんは友達だよ!」
友達。
自分で言い出しておきながら、その一言がヘキの心を深くえぐる。
が、やはり顔には出さず、思いを振り払うかのように町を見下ろした。
「呼び出して悪かった。暗くなる前に帰ろう」
「うん…」
 帰り道、二人は一言も話さなかった。
位置がずれた長い影が、この時の二人を物語っているようだった。


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