暁彦が目を覚ますと、見知った二人の少女が視界に入った。
「…俺…目を覚ましたのか」
「暁彦…よかった」
「本当に…」
安心したように一紗と梨乃が笑う。が、一紗は顔を赤くして手を離した。
「いや、これはその、暁彦くんを起こすために手を握ってたわけで…」
言い訳めいた口調で言うが、すぐに表情を変える。
「…逃げて」
「え?」
「早く逃げて!」
言うやいなや一紗はすぐに立ち上がり、側に来ていた教祖に体当たりする。
「早く!」
教祖にしがみつく一紗。促されるまま、暁彦と梨乃は走り出した。
(暁彦くん…)
手を取り合って駆け出す二人を見た一紗の心がチクリと痛む。
「宮原さん、彼らを捕まえなさい!」
「まずは日下部兄妹の確保だ!」
教祖とCが叫ぶ。それぞれの部下が暁彦の元へ走っていく。
「いい加減に離しなさい!」
一紗をふりほどく教祖。勢いが付いたまま、一紗は転がってしまう。
「くっ…なぜ手を取り合っているのに力が発動しないんですか!?」
毒づきながら、教祖も日下部兄妹の追撃に参加する。
(発動?)
言われてみると、さっきは二人が手を触れた瞬間、幻影を見た。あの幻は暁彦一人の力ではないらしい。
「おとなしく捕まるんだ!」
宮原が炎をまとった小鬼を暁彦に放つ。
 だが、ピンクのハートを散りばめた光が、炎の小鬼を吹き飛ばした。
「油断しました。いつの間にか結界が解けていたらしいですね」
教祖が手を広げると、彼の体が白く光る。彼に向かって放たれたピンクの光は、届くことなくかき消えてしまった。
「光線が…。私の異能が使えなかった原因はあんただったのね!」
通常の弾は入っていなかったのだろう。装弾しようとするLHにむかって、宮原の鬼火が放たれる。
「くっ!」
寸前のところで鬼火を避ける。が、避けきれず、炎はLHの腕を擦る。熱と衝撃でピストルを落としてしまう。
「異能を無効にする異能とかハメだろ!」
驚きながらも、一紗は再度教祖の動きを止めるために立ち上がり、駆け寄る。
 しかし、先に誰かが教祖に体当たりをした。肩までの金髪の青年。
「克巳さん!」
眠らされていたはずの克巳が目を覚まして、教祖を押さえている。
「梨乃さんの力が克巳さんも起こしたんだ」
もがく教祖。細身とはいえ全体重をかけて押さえ込む克巳をふりほどけない。馬乗りの姿勢のまま、青年が一紗に叫ぶ。
「ここは任せて暁彦くんを追うんだ!」
「で、でも…」
「僕は親父を連れて行かなきゃならない。だから…うわっ!?」
克巳が誰かに引きはがされた。
 険しい顔をした克巳の父、昇太郎が息子を押さえている。彼も梨乃の力で目を覚ましたようだ。
「教祖様今のうちに…こら! なにをする克巳!」
「行くんだ!」
「はい!」
青年の気迫に押され、一紗も走り出した。
 取っ組み合いを続ける高清水親子。彼らの隙間から教祖がはい出る。
「異能を持たないクズ同士、仲良く争ってなさい」
教祖が克巳と昇太郎から離れた教祖は、術を使うべく手を広げた。

 その間も、暁彦と梨乃は入り口に向かう。
 宮原が鬼火を双子に放つ。しかし火は届く前にかき消えた。
「なっ…」
立ちはだかるのは、おかっぱ頭の中年親父、李京。
「蹴り一発で消える火なんて、たいしたことねえなあ」
「わ、私を裏切るのか!?」
教祖が顔をゆがめて叫ぶ。
「暁彦を渡すなって姫さんの命令だからな。あんたこそ俺らを裏切るつもりだったんだろ? すぐ行くからちょいと待ってな」
にんまりと笑った李京は、宮原ではなく、目を覚ましたばかりの門衛のエージェント二人の元に素早く移動する。エージェントたちは悲鳴を上げる間もなく、一撃でのされてしまった。
「もう一度おねんねしな…おっと」
自分に向かって放たれた鬼火を避ける李京。だが、避けた直後にピンクの光が男の足を貫通した。
「―――っ!」
体勢が崩れる李京。倒れながらも男は視線を向けると、腹ばいになったままのLHが見えた。彼女も限界だったのか、意識を失ってしまう。
「教祖様の集中がとぎれて、異能封じが解かれる隙を狙ったってわけか。やってくれるじゃねえか、美人のねーちゃん。俺も動けねえぜ」
言うことをきかない体を何とか起こそうと、李京はもがいた。

 立て続けに宮原が暁彦たちに向かって鬼火を放つ。炎が暁彦の足下に炸裂する。
 しかし、鬼火が広がるあたりに二人の姿はない。
「え…ぎゃ……!」
横から飛んできたナイフが、宮原の喉に刺さる。ヒュウと奇妙な音を漏らし、赤黒い血をほとばしらせながら宮原は倒れた。
「な…なぜ…」
あ然とする教祖。ナイフが飛んできた先を見ると、暁彦が走り出すところだった。
「このタイミングで幻影を使ったのか…くそっ!」
宮原が鬼火で攻撃した暁彦は幻だったらしい。相手の思惑にはまった教祖は完全に仮面を取り払い、ものすごい形相で走り出した。

 乱戦が起きる中を一紗は走る。梨乃を連れているためか離れることはないが、なかなか追いつけない。
「短距離走は苦手なんだよ」
息を切らして追いかけるすぐ後ろから、Cと教祖が迫ってくる。
「逃げて! 急いで!」
少女の声に反応し、暁彦が後ろを向く。一瞬だけ顔をゆがめてから梨乃の手を握り直し、前を向く。そのままの勢いで二人は部屋を出て行った。
 一紗は入り口の前で反転すると、Cと教祖の行く手を阻むように立ち止まる。
「そこをどけ!」
「嫌だ!」
教祖が怒鳴るがもちろん一紗は応じず、出入り口の両側に手をかける。
 あくまでも立ちはだかる少女を、教祖は睨む。
 しかし、ここでCが教祖を追い抜かした。ためらうことなく一紗に向かってくる。
「退く気は無いか、お嬢さん」
「どかない!」
「立ち止まるなら痛い目見てもらうが、それでも退く気はないかね?」
「絶対どかない。これ以上暁彦くんを利用させるもんか!」
足を踏ん張り、キッパリと答える。
「……ふむ、そうか」
突然Cは後ろを向くと、目の前まで来ていた教祖に足払いをかけた。
「え?」
「うわあっ!?」
全く予想していなかった教祖は、何の抵抗もなく転ぶ。そのままCは教祖を床に押しつける。
「ど、どうして?」
「日下部兄妹より、こいつの方が危険だと私は判断しただけだ」
しれっとした顔で、シングルネームの男が答える。
「部下の手駒が使えない今、私一人ではあの子たちに対抗できないからな。だとすると目の前の危険分子を潰す方が優先度が高い」
「離せ! お前らには彼らの素晴らしさがわからないんだ!」
バタバタ暴れる教祖。しかし馬乗りになっているCをどけることはできない。
「私たちの任務は半分失敗。彼らは当面の間は自由だ」
ここでCが、月夜埜の父の顔でニヤリと笑う。
「彼らとどう関わるかは君次第だよ、お嬢さん」
静かにキッパリと言い放つ老人に、一紗もニヤリと笑う。
「ありがとう月夜埜の父さん。今度占ってもらうときはお礼をはずむから!」
笑顔で答えた一紗は、わめく教祖と彼を押さえつけているCを残し、その場を立ち去った。


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