〈た、確かに暁彦くんが眠らせたんだろうけど、わざとじゃないんでしょ。だったら…〉
〈眠らせたのは事実だ。しかもお前の友人は異能者になった〉
〈そうだけど、どこで聞いたんだよ〉
〈聞いたわけじゃないが、眠り病の調査ファイルを見た。自分が原因の現象を調査していたんだ。お笑い種だな〉
お笑い種という言葉とは反対にうなだれる。
〈口では綺麗事を言えるだろうが、俺が宇都木を異能者にした事実は間違いない〉
〈だからそれは私が…〉
〈梨乃の力で目覚めさせたとしても、眠らせたのは俺だ〉
言いかけた妹の言葉をさえぎる暁彦。
〈お前は友人の目を覚まして、その後は異能を何とかしようとしてたんだろ。本当に俺を許せるのか?〉
〈わかんないよそんなの〉
即座に答えが返ってくる。
〈暁彦くんがマナを眠らせたって実感わかない〉
〈だが事実だ〉
〈頭ではわかる。私は暁彦くんに何回か眠らされてるし、さっきの出来事も見たし、暁彦くんがマナたちを眠らせたんだってのは〉
〈ああそうだ。わかってるんなら話は早い〉
うなだれたまま暁彦は答える。いつもより饒舌なのは、暁彦の心の声も聞こえるからだろう。
〈……ごめん〉
ぽつり、と一言。

〈ごめん…マナ…〉

 暁彦が顔を上げる。
〈頭ではわかっても納得できない。マナにすごく悪い気がするし暁彦くんを怒ったり恨んだりしなきゃいけないのかもって思う。
 だけど私には暁彦くんを恨めない。憎めない。目を覚ましてほしい〉
徐々に声がかすれる。明らかに泣いている声。
〈暁彦くんが好き。大好き。だから目を覚まして元気になってほしい。
 一緒に学校に通って話したりしたいけど、それは無理だから、梨乃さんと元気に幸せに暮らしてくれれば十分だよ。十分なんだってば…〉
〈一紗…さすがに恥ずかしいぞ…〉
先ほどとは違う困惑の表情を浮かべ、頬が赤くなっている。
〈なんだよその顔はっ。私だって恥ずかしいよ、ああ恥ずかしいよ。でも思っちゃうし伝わるんだもん仕方ないじゃん!〉
さらに暁彦に近づき、腕を掴む。実際には掴んでいないし感触もないが、逃がす気はない。
〈暁彦くんは、マナたちに悪いと思ってるんだよね〉
突然の言葉に、暁彦は目を丸くする。次に顔をしかめる。
〈思ってる…が、どうしようもならない〉
〈起こったものはどうしようもならない。だからこそ目を覚まして謝りに行かなきゃ。眠ったままじゃ何も始まんないよ〉
〈彼女の言う通りだわ〉
梨乃も暁彦のすぐ側に来たことがわかる。
〈行きましょう、暁彦。勇気を持って一歩踏み出すの〉
〈一人じゃないよ。梨乃さんがいるし、姫野さんたちも力になってくれるかもしれない。それに…私もいる〉
〈戻って、いいのか? 目を覚まして…いいのか?〉
不安そうに尋ねてくる。
〈当たり前じゃない。暁彦が目を覚ましてくれなきゃ困るわ〉
〈そうだよ、じゃなきゃわざわざ心の中まで押しかけないよ〉
〈梨乃…一紗…〉
暁彦は目を閉じ、深呼吸してから目を開ける。
 決意に満ちた表情。

〈行こう〉

 言葉に呼応するように、周りの景色がゆがむ。溶けるように白くなり、消えた。


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