「いい加減にしろ!!」

 部屋いっぱいに怒声が響き渡った。
 人々が振り向くと、仁王立ちの一紗が、教祖とCを睨んでいた。
「最初からわかってたけど、本当にてめえらは自分のことしか考えてないんだな」
しゃべるたびにめまいがするが、体を踏ん張り、さらにまくし立てる。
「目的のためなら、人を捕まえたり殺したり平気でやるなんて、信じらんない」
「それを言うなら、あなただって大差ないでしょう。あなたがここにいるのは、自分のワガママではありませんか」
青ざめながらも、教祖は薄っぺらい口調で反論する。しかし少女の態度は変わらない。
「そうだよ。あんたらと比べたら全然大したことのない、ちっぽけで自分勝手な理由だよ」
言いながら彼女は、一歩一歩暁彦に近づく。足取りは重いが、よどみはない。
「だけど私は、暁彦くんの気持ちだけは踏みにじりたくない。それをやっちゃったらさ…」
暁彦の側まで来た一紗は、その場にぺたりと座り込む。

「私がここにいる意味、本当になくなっちゃうじゃん」

 教祖も、Cも、誰も答えない。
 灰色の部屋を、静寂が支配した。

「梨乃さん」
 沈黙を破ったのは、やはり一紗だった。他の人を無視して、暁彦の妹に話しかける。
「眠り病の人はどうやって目覚めさせるの?」
「え…?」
「あなたの異能は、どういう力なの?」
少しの間。疑問を顔に浮かべつつも、ゆっくり口を開く。
「私の力は、固定した感情に呼びかけて、感情を動かすこと。眠り病は、心が動けば体も目覚めるから」
「それって、梨乃さんの声を相手の心に直接届けるってことだよね」
「そう…なるかしら」
一紗は、視線を暁彦に移す。彼の寝顔は今まで見たことがない。こんな場所で見たくなかった、と思う。
「ねえ、梨乃さん」
「何?」
「私の声を、暁彦くんの心に送ることはできる?」
目を見開く梨乃。
「声、を?」
「うん。梨乃さんと一緒に、うるさい私が怒鳴れば目を覚ますんじゃないかなって思ったの」
梨乃は、涙の跡をつけたまま考える。
「わからない。でも、私を媒介すればできるかもしれないわ」
「だったら、やってみよう!」
ガシッ、と一紗は梨乃の手を握る。
「あきらめる前に、できることをやってみるの。あがけるだけあがかないと」
しばらくキョトンとしていた梨乃だが、徐々に目に光が宿る。決意した瞳。
「わかったわ。やってみる」
梨乃もまっすぐに一紗を見つめ、うなずいた。
「待っとくれお嬢さん。暁彦が目を覚ましたら、また教祖に利用されるかもしれんぞ」
「黙っててくんない、Cさん。利用されると思うんなら教祖を止めればいいじゃん。もっとも彼らも牽制してるから、うかつには手を出せないだろうけど」
一紗が言うとおり、宮原はいつでも小鬼をけしかけらる状態にある。一方、川上のピストルも寸分違わず教祖に照準を合わせている。
「起こすのを邪魔することも、起こした後に力を使わせることも、難しいと思うな」
「お互いの状況を利用するなんて、あんたも結構やるじゃん」
部屋の隅から座ったままの姫野が話しかける。彼女たちは静観するようだ。一紗は姫野を無視し、再び梨乃を見る。
「自分でけしかけておいて何だけど、あなたの体に負担がかかったりしない?」
「私は平気。むしろあなたの体の方が負担かかるかも」
「全然問題ないよ。頑丈だからね」
体は重いが、無理やり笑って答える。
「それじゃあ、よろしく」
「ええ」
梨乃の手に、一紗は自分の手を添える。そのまま二人の少女は目をつぶった。


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