「そんな…」
Cが話した言葉に、一紗は愕然とした。
「我々が一番恐れていたことが起こってしまった」
「恐れていたって、眠り病が起こったこと? 倒れた人がいたこと?」
怒りか悲しさか悔しさか。心に渦巻く感情を把握しきれないまま一紗が尋ねる。だが、月夜埜の父と呼ばれた男はゆっくりと首を横に振る。
「暁彦と梨乃が再び出会い、手を取り合ったことだよ」
「恐れとはひどい言い方ですね。素晴らしいことなのに」
いつもの薄ら笑いを浮かべた教祖が口をはさむ。梨乃の側にやってきて、双子の兄妹を見つめる。
「二人が再会し手を取り合った時点で、私の計画は一歩進むのです。
 異能者がこの世を支配する、理想にね」
両手を広げ、神の教えを説くように朗々としゃべる教祖。姫野と忠治とCは教祖を睨む。一紗は内容を飲み込めないが、どことなく嫌悪感を抱く。
「お前は、二人の力を知っていたんだな」
淡々としゃべるCだが、言葉の端々に怒気が混ざっている。
「異能者以外を眠らせる力を」
「ええ、姫野さんのおかげです」
答える教祖は薄ら笑いのままだが、どこか夢見がちだ。
(異能者以外を眠らせるって、そんなことができるの? でも私は…)
異能者ではないはずの一紗は、起きたまま。気づかないうちに異能に目覚めたのかと内心焦ったが、体が重い以外の異常は見あたらない。
「力は完全ではなかったようですがね」
笑みを貼り付けたまま、教祖は一紗を見る。が、瞳は笑っておらず、完全に見下している。
「教祖様がそういう反応をしていらっしゃるってことは、私は異能なんて持ってない平々凡々な人間ってわけね。ああよかった、あんたの思い通りにならなくて」
「異能に対し、耐性があったのでしょう。しぶとい輩もいるって事ですね」
あからさまな嫌味にも、教祖は全く堪えていない。面白くないと、一紗は舌打ちをする。
「それに計画は失敗じゃないか? 暁彦は眠ってしまったぞ」
「その為に梨乃さんがいるのではないですか。彼女が暁彦くんを起こしてくれますよ」
教祖が言うまでもなく、梨乃は暁彦の手を取り、起こそうとしている。
「我々の邪魔をしますか? あなたは戦いが得意でないことは承知してますよ」
「そうだな、私は自分の身を守るので精一杯だよ。…私は、ね」
Cが視線をずらすと、彼の後ろの壁に、いつの間にか目を覚ましたLHが、教祖にピストルを構えていた。彼の隣にいる宮原も、小鬼を出している。
 一触即発。門衛とアシアナ教会の人々の間に緊張が走る。
「なんだよ、これ」
緊迫した状態の中で、一紗がつぶやく。

 眠り病は、暁彦が引き起こしていたらしい。
 理由はわからないが、暁彦と梨乃が手を取り合うと、異能者以外が眠ってしまうらしい。
 教祖は、二人の力を利用しようと企み、現時点では成功している。Cをはじめとした門衛のエージェントは、力を使わせまいとしていたのだろう。
 妹に会いたいと願っていた暁彦。命を狙われず、平穏に暮らしていたかっただろう。
 少なくとも、今ここで倒れることは望んでいなかったはずだ。
「きさまら…」
感情が怒りに傾く。重い体に鞭打って、ゆっくり立ち上がる。
 しかし。

「……やだ……」
 小さい、悲痛な少女の声が聞こえた。その場で起きている全員が少女を見る。
「起きて、起きてよ暁彦。何で起きないの?」
体を震わせて、美少女は小さくつぶやく。顔はゆがみ、次から次へと涙がこぼれる。
「嫌…嫌よ。どうして、どうして起きてくれないの? 嫌よ…起きてよ、暁彦……」
暁彦の手を握ったまま、梨乃はつぶやく。
 今まで余裕の笑みを浮かべていた教祖から、笑いが消えた。目に見えて顔が青ざめる。
「やはり計画は失敗のようだな、教祖様」
「そ…そんなはずは…。梨乃さん、絶対に彼を起こしてください! もう少しで計画が…」
明らかにうろたえる教祖。なだめる宮原。少し微笑む教祖。油断無く周りを見る姫野と忠治。楽しそうな李京。
 暁彦を心配する大人は、誰もいなかった。


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