「え!?」
「なっ!?」
「何だっ!?」
驚愕する人々を、光が飲み込む。
「何が起こったの?」
光の中心に、暁彦と梨乃がいる…否、二人が光り輝いている。ひときわ明るい二人の輪郭が、徐々に形を変えていく。
「…へ?」
二人の背中から光が伸びる。光が二つに割れ、広がる。まるで翼のように。
「翼…て…てて…天使…?」
翼が広がる。光を放ちながら、お互い見つめ合う。光の翼から光の羽が散る。真っ白でまぶしいはずなのに、なぜか見える光景。
「これって…現実…」
つぶやいたとほぼ同時に、気づいた。
「現実…じゃない! 幻だ!」
暁彦に何回も見せられた幻影。これだけ荒唐無稽な幻を見たのは初めてだが、梨乃と手を取り合ったのが何らかの作用を及ぼしているのかもしれない。
「無口で、無愛想な、ふくれっ面の天使なんて似合わねえよ。これ以上てめえの幻に振り回されてたまるか」
言葉遣いが荒くなる。まっすぐ光を見つめ、今にも飛んでいきそうな二人を見て、怒鳴った。

「戻ってこい! 日下部暁彦!!」

 言い放った瞬間、真っ白な光が視界いっぱいにはじけた。


 突然、灰色の天井と、不可思議な文様が描かれた壁が目に入った。
「どう…なったの?」
奥にある台座が横向き。ここでようやく自分が倒れていることを自覚した。
「やっぱり幻覚…だよね。ここまで暴走した幻覚は初めてだけど」
どうにか上半身を起こす。体が重い。
「なんなのよお、もうっ!」
たどたどしい声が響く。姫野が叫んだらしい。その場にへたりこんでいる彼女を、忠治が支えている。
「最初からこれを企んでいたんですね」
忠治は真顔で教祖に尋ねる。
「姫野さんは倒れずに済みましたか。あなたの力のおかげでしょうか。それとも我が強いだけですかね」
飄々と話す教祖を、忠治は鋭く睨みつける。怒った忠治を見るのは一紗は初めてだ。
「あなたが邪魔をしたおかげで、ご主人様は痛手を受けました」
「それでも、眠ってしまうよりはマシだと思いますよ」
教祖の言葉に、一紗はあたりを見回した。李京はニヤニヤ笑いながらあたりを見回している。宮原は教祖を守るように立っている。月夜埜の父ことCは困った顔で腕を組んでいるが、目だけは教祖を睨みつけている。
 彼らの間で、何人か倒れている。
 若い門衛のエージェント二人、昇太郎、克巳。そして。
「暁彦?」
部屋の中央で、梨乃が小さくつぶやく。傍らには、横向きに倒れた暁彦。
「どういうこと?」
一紗は、隣で倒れている克巳を見る。うつぶせだが顔だけ横に向けた克巳の腹部は動いている。息はしているようだ。顔色は悪いが、表情は穏やかである。
 まるで、眠っているみたいに。
「眠って…まさか…」
思い浮かべたくない単語が頭をよぎる。
「…眠り病?」
「その通りだ」
いつの間に近くに来たのか、Cが返事をする。
「幻影の異能が暴走すると、相手の感情を固定する。つまり意識が固定される。感情を止められた人は、結果として眠りについてしまう…というわけだ」
嫌な予感がする。この先を聞いてはいけないと考えつつも、つい口にしてしまう。
「幻影って…ひょっとして…」
「本人はわかっていても、力のコントロールはできなかったようだがね」
Cは、倒れている少年に視線を送りながら、続きを口にした。

「眠り病は、日下部暁彦が起こしていたんだよ」


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