ダーン! と部屋に鋭い音が響いた。
 同時に、千輝の体が吹っ飛ぶ。どうと倒れた女の眉間から、血が流れていた。
 音がした方向を見ると、黒い服を着た男が三人立っていた。一人はライフルを構えている。ライフル男ともう一人は若いが、残り一人は細身で垂れ目の情けない風貌の初老のオヤジである。
 だが、オヤジを見た数人の顔が引きつった。
「シーカー…」
「月夜埜の父…」
「おや、皆さんおそろいで」
殺伐とした雰囲気にそぐわないのほほんとした調子で、門衛のシングルネーム、Cことシーカーがしゃべる。
「これはこれは、シングル自らお出ましですか。ちょうどいい。彼を殺せば、暁彦くんを引き渡してくれるんですよね」
教祖ものほほんとした調子で、しかし自分勝手なことを言い放つ。倒れた千輝には見向きもしない。
「殺せればね。言っとくけど、あたしたちは手伝わないわよ」
「問題ないです。宮原さん」
宮原と呼ばれた、もう一人のフードを羽織った信者が前に出てくる。男の目が真っ赤に光るやいなや、鬼のような姿の、掌サイズの化け物が空中に現れた。
「彼らの異能は私が封じます。Cを倒しなさい」
教祖の命令に従い、男は小鬼を放つ。赤い口を開け襲いかかるが、Cは動揺することなくライフルを構えている部下に合図を送る。
「異能で生んだ化け物に普通のライフルが通じると思ってるんですか?」
小バカにした口調で教祖が言う。だが部下は小鬼ではなく、祭壇の後ろにある金色の十字架が置かれている台座を撃った。
「えっ!?」
一同が気を取られた瞬間、一人の少年が台座から勢いよく飛び出した。
「なっ…!」
「あ…ああ…」
「暁彦くん!?」
飛び出してきたのは、暁彦だった。
「今まで隠れてたのか!」
周りが驚いている隙に、ナイフを持った暁彦はまっすぐに梨乃の元へと向かう。
「早くP-9を捕らえるんだ!」
「李京! アキを捕まえて!」
「彼が他の連中に捕まらないようにしなさい!」
Cと、姫野と、教祖が、一斉に命令を出す。
「アキ! 悪いが止めさせてもらうぜ!」
身体能力が高い李京が、真っ先に暁彦に駆け寄る。しかし暁彦に手が届きそうになったとき、宮原が放った小鬼が李京に襲いかかった。
「ハアッ!」
気合いと共に、李京が小鬼をかき消す。だがその間に暁彦との距離が離れた。
 梨乃の方へと走る暁彦。合間を縫って追いかける門衛のエージェントと李京。彼らを阻止しようとする宮原。
(暁彦くん、梨乃さんを取り返そうとしてるんだ)
一紗は、隣でうめいている克巳の言葉を思い出す。

「伝える余裕がない状況で、二人を逃がさなければいけなくなったら、どうする?」

今がまさにその状態だ。
(どうしよう)
暁彦は梨乃の手を取ったら、まっさきに逃げ出すだろう。逃げてしまうかもしれないし、捕まるかもしれない。だがどちらに転んでも、一紗のところには来てくれない。二度と会えなくなる。
(でも…)
ちらりと、隣で倒れている青年を見る。自分のわがままに協力してくれた彼を放っておけないし、昇太郎がどうしてるかわかった以上、巻き込めない。
「僕のことは気にせずに、暁彦くんを助けてあげて。僕一人ならどうにでも動けるから」
いつの間にかロープを切ったのか、手足をさすりながら克巳は微笑む。
「そんな…」
「時間はない。動くなら今だ」
悩む間に、門衛のエージェント二人がピストルとライフルを暁彦に構えていた。
 これ以上、迷っていられなかった。
「てやーっ!!」
とっさに一紗は、エージェントの一人に体当たりをかました。死角からの攻撃に男はよろけ、隣の男を巻き込んで体制を崩してしまう。
「てめえらなんかに暁彦くんを捕まえさせるかっての!」
見慣れた少女の姿を確認した暁彦が、目を丸くする。
「早く梨乃さんを…うわっ!?」
立ち上がったエージェントに、今度は一紗が倒される。だが彼が再び体勢を整えると、何と今度は昇太郎がエージェントに体当たりをかました。
「邪魔はさせない。あの二人が出会うことが、教祖様の望みなのだ!」
「え?」
昇太郎の言葉に、一紗は疑問を抱く。が、エージェントと李京が再び暁彦を追いかけ始めたので、思考は飛んだ。暁彦と梨乃は、すぐ手が届きそうな距離まで近づいている。
「梨乃!」
「来ちゃダメ! 今来たら教祖の思うつぼよ!」
悲痛な表情で梨乃が叫ぶが、暁彦は聞いてない。
「逃げよう梨乃。俺たちは自由になるんだ」
「ダメーッ!!」
李京が、エージェントが、暁彦に手を伸ばす。
 しかし暁彦は一歩早く梨乃の腕を取った。

 次の瞬間、二人の周りに真っ白な光が炸裂した。


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