足のロープも程なく解けた。
「ごめんね」
謝りながら離れる克巳。少しだけホッとしてしまう。
「もう少しだけ縛られている振りをして。僕のロープを…」
言いかけた克巳の表情がこわばる。
「静かに。奴らがこっちに来た」
克巳の言葉を聞いて、一紗は解けたロープを隠し、縛られている振りをして近づく人物を見る。
「高清水克巳さんでしたかな? だいぶお疲れのようですね」
やってきたのは、真っ白なローブに着られたアシアナ教会の教祖だ。姫野たちも一紗と克巳に視線を向けている。
「あんたの部下がそうさせたんだろう」
「仕方なかったんです。あなたたちは不法侵入者なんですから、このくらいで済んで良かったと思ってください。もっとも、あなたがたは間もなく永遠の眠りにつくことになりますけどね」
「永遠の眠りって、何するんだよ」
「暁彦くんが来ればわかります」
「彼を、どうするつもり?」
一紗の質問に、教祖は少しだけ目を見開く。
「逆ですよ。彼が、我々のために力を使う。そうなるはずです」
「頑固で融通が利かない暁彦くんを説得できるとは思えないけど?」
「説得なんて必要ありません。時が来るまで神に祈っていなさい」
教祖はおなじみの薄笑いを浮かべたまま、部屋の中心に戻っていく。
「準備だけでも始めておきますか。姫野さんたちは、部屋の端にいて下さい。千輝さんは梨乃さんの側へ。宮原さんと高清水さんは、道具の準備をお手伝い願います」
教祖の後ろに控えていた信者が、フードを外す。20代後半と50代前半の男性が顔を見せる。
「親父!」
自分の父、高清水昇太郎の姿を見た克巳が叫ぶ。力なく弱々しい声だが、教祖たちがいる場所にはしっかりと届いた。しかし昇太郎は克巳を全く見ず、教祖の後に付いていく。
「親父! あんたは本当に心の底から信者になったのか? 会社を捨てて、家族を壊して、自分だけ望み通りにいきるつもりなのかよ!?」
「あなたのお父様は、平安の道を選んだのです。私から見ると、しがらみが多いあなたの方が不幸に見えますよ」
「人の不幸をてめえが…」
ここまで言った克巳の体が、グラリと前に倒れる。
「克巳さん!?」
思わず体を動かしそうになった一紗だが、縛られていることになっている自分を思い出し、座ったまま叫ぶ。
「だ、大丈夫。少々めまいがしただけだから」
「体力を奪われた状態で叫ばない方がいいですよ」
薄笑いのまま、教祖が言う。
「あと、幸か不幸かを他人が決めるなということを言おうと思ったのでしょうが、そっくりそのままお言葉をお返ししますよ、克巳さん」
悔しそうに歯ぎしりする克巳を見下ろしたまま、たたみかける教祖。そのまま視線を昇太郎に向け、口を開く。
「高清水昇太郎さん」
「はい」
杯を持つ昇太郎が振り返る。息子が倒れていることは全く気に留めていないようだ。
「あなたは今、幸せですか?」
「はい。ようやく心が安らぐ場所を見つけました。今の私は幸せです」
穏やかに、しかしキッパリと言い切る昇太郎。教祖を見つめるまなざしは、心から尊敬し、服従している。
「親父…」
床にはいつくばったまま、悔しそうに克巳がつぶやく。
 一紗はいたたまれなくなり、昇太郎から視線を外し、部屋の中央にいる千輝と梨乃に目を向ける。梨乃は宮原が持ってきた椅子に座り、千輝は彼女の髪の毛を丁寧に梳いている。
「不安かしら、梨乃ちゃん」
梨乃は答えない。平静を努めているようだが、深い悲しみと絶望がにじみ出ている。
「もうすぐお兄さんも来るはずよ。梨乃ちゃんがここで待っているんだもの。会いたいでしょう」
スカートの裾をギュッと握る梨乃。悲しみの度合いが色濃くなる。
(梨乃さんは、暁彦くんに会いたくないのかな)
暁彦にとってのたった一人の家族だとしたら、梨乃にとってもたった一人の家族だろう。会いたくないはずはないと思う。
(でも来てほしくないってこと? 暁彦くんが来ると、どうなっちゃうんだろう)
考えている間にも、祭壇に道具が並べられ、何かの準備が着々と進んでいる。
 一紗はこっそりと手足を動かしてみる。まだ体は重いが、動くことはできそうだ。どうやったら儀式をぶちこわせるだろうと考えた。


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