縛られた一紗と克巳は、目の前の祭壇がある部屋に連れて行かれた。どこかに閉じこめられるものかと思った一紗としては意外だった。
「せっかく来たんだから、あなたたちには我々のやることを見てもらうわ。もっとも最後まで見ることはできないでしょうけど」
 千輝と李京によって、ドアから遠いかつ祭壇に近い場所に二人は座らされた。手足を縛られた上、体力を奪われた今の状況では逃げることはできない。二人を拘束した千輝たちは、すぐにどこかに行ってしまった。
 克巳は真っ青な顔のままだが、先ほどよりはましになったらしい。壁にもたれかかり、周りを見回している。他に部屋にいるのは、李京と、意識が朦朧としている川上のみ。
「嬢ちゃんもたいが無鉄砲だな」
苦笑しながら李京が言う。言葉に深い意味はなさそうだ。
「おおかた、眠り病になったお友達がらみか、暁彦がらみだろう」
「…やっぱ、来ること知ってたんじゃん。どうせ姫野さんの情報でしょ」
まっすぐ李京を睨みつけながら一紗は言う。声こそか細いが、全くくじけていないようだ。
「いやはや本当に来るとは」
「予想外だった? だとしたら姫野さんの予想が外れたって事だね。いい気味」
「嬢ちゃんがいても変わんねえよ」
言葉を詰まらせる一紗。暁彦と梨乃を手助けに来たはずが、自分が捕まってしまった。確かに、普通に考えて一紗は役に立たないだろう。
(まさに『ミイラ取りがミイラになる』ってこのことだよな)
あまりの情けなさに、自分で自分を笑いたくなる。
「おっと、主役登場だ」
 いつの間にか、入り口とは明らかに違う場所に、千輝と数人の人物が立っていた。
 中学生くらいにしか見えない童顔で眼鏡の女性、長身でスーツ姿の西洋人形のような美青年、真っ白なローブを着た年齢不詳なもやしみたいな男と、腿まである黒髪の美少女。さらに白い服を着た信者らしき人物が二人立っている。男であることはわかるが、目深にフードを被っているため、顔はわからない。
(姫野さんに忠治さんに教祖ときて…)
一紗と同じくらいの年齢の美少女を見る。
(あの子が、梨乃さん)
フードを被った男二人以外は、少なくとも一回は会ったことがある。もっとも以前に梨乃を見たときは、暁彦が探している双子の妹であることは全く知らなかった。
(暁彦くん、来てるのかな)
梨乃を助けるためにアシアナ教会に来ているはずの暁彦。教会のどこかにいるはずだが、この部屋にいるかはわからない。少なくとも視界範囲内には見かけない。
「暁彦くんはいないんですね。連れてくるというお話だった気がするのですが」
もやし男ことアシアナ教会教祖が、特徴のない声で話す。丁寧だがどこか人を見下した口調も健在だ。
「そんな話知らないわよお。シングルを殺ったら渡すって話はしたけどー?」
童顔の女性、姫野が答える。彼女の口調も教祖に負けず、人を小バカにしている。
「それは困りましたね。彼がいないと次に進めないのですが」
「暁彦に今日の情報が入るように仕向けましたので、敷地内のどこかにはいると思われます」
教祖の側で控えていた千輝が話す。聞き耳を立てていた姫野の眉間にしわが寄る。
「あんたたち、あたしのアキに何吹き込んでるのよ」
「吹き込んでなどいません。情報をばらまいただけです。姫野さんの得意戦術だと認識してますが?」
あくまでも事務口調の千輝に、姫野は「フン」と鼻を鳴らしただけで、横を向く。
(この期におよんで、自分の所有物扱いかよ)
「あたしのアキ」と言い切った姫野に一紗は腹を立てる。が、表情を消して聞こえないふりをする。
(状況が変わるかわかんないけど、可能性は広げておかないと。ウエストバッグを取り上げて終わりなんて、あいつらも結構甘いよな)
一紗はズボンに手を入れ、ベルトがある後ろあたりから十徳ナイフを取り出す。以前、門衛のエージェントに捕まって手を縛られた過去から学んで、ズボンの裏にナイフを隠しておいたのだ。
(とはいえ、予想はしてたけど慣れてないと切りづらいな)
他の人にばれないようにナイフを動かすが、普段やらない作業なので、なかなか上手く切れない。
「う……」
隣からうめき声。克巳がつらそうな表情で声を漏らす。
「大丈夫ですか、克巳さん」
「情けないけど…大丈夫とは言い難いな」
克巳は教祖たちがいる方向を見てから返事をする。
「悪いけど、ちょっと肩貸して」
一紗の返事を待たず、克巳が寄りかかる。体重がかかったのにも驚いたが。
(うひゃああああっ!!)
異性に、しかも美形の青年に密着され、心の中で叫ぶ一紗。横を向くと、青白いが整った顔立ちが間近にあったので、反射的に離れようとする。
「動かないで」
耳元でささやかれる。驚きのあまり、今度は硬直してしまった。
(心臓、心臓に悪いよっ)
「ナイフ貸して」
「…へ?」
「僕がロープを切るよ。その方が早い」
小声で言うと、克巳は手探りで十徳ナイフを受け取り、一紗のロープを切り始める。
「ごめんね、くっついたりして。でも少しだけ我慢して」
「え、あ、は、はい」
手助けしようと、克巳は行動に出たのだろう。一人でどぎまぎして恥ずかしいと、一紗は思う。
「一紗ちゃんは動けそう?」
「多分。さっきよりは体力は戻ったみたいです」
「手足のロープを切ったら、隙を見て逃げ出すんだ。何とかして銀子さんを呼んできてほしい」
「克巳さんはどうするんですか?」
「今の僕は、ただの足手まといだよ」
返事と共にロープが切れ、一紗の手首は自由になる。
「そんな、克巳さんを置いて逃げるなんて…」
「このまま二人とも、何もせずに殺されるわけにはいかないだろ」
つらそうな表情を浮かべつつも、克巳はロープを切っていった。


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