話しているうちに長い階段が終わり、カーブを描いた通路が見えた。
 通路はさほど長くなく、突きあたりに四角の光が見える。部屋の入り口だろう。
「奥の部屋は明かりがあるらしいな」
「誰かいるって事ですよね」
光の方向から、バキッ、ドカッと、何かがぶつかる音が聞こえた。
「何だろう」
ペンライトの明かりを消し、二人は忍び足で部屋に近づき、音を立てないようにそっと中を覗く。
 教室三つ分くらいの正方形の部屋。薄い灰色を基調とした天井と壁、壁よりも濃いめの床。壁と床一面に、白いペンキで不可思議な模様が描かれている。奥には金色の十字架と、深紅の布が掛けられている台があり、台の上には色々な飾りが置いてる。祭壇のようだ。祭壇の両端と壁に蝋燭が灯り、光源となっているようだ。状況が状況でなければ、幻想的で美しいとすら思うだろう。
 中では、男と女が戦っていた。
 20代後半くらいの亜麻色のショートヘアーの美女は、手にオートマチックピストルを持っている。10メートルくらいの距離を開け対峙しているのは、50代くらいのおかっぱ頭の中国系男性。武器は何も持っていない。
「どうして二人が戦ってるの?」
二人とも、一紗は知っている。

 女は川上キアリーこと、門衛のダブルネームLH。普段は夜埜高校の教師をしている。
 男は李京(り じぇ)。暁彦の仲間で、人なつっこいが格闘技はめっぽう強いらしい。

 李京がジグザグに走りながらと距離を詰める。川上は距離を保ちつつ、ピストルを撃つ。パシュッと銃が音を立てるが、李京の動きは変わらず、左右にステップを踏みながら、ものすごい勢いで川上に突っ込む。女はひるまずピストルを構える。
「バッキューン!」
奇妙なかけ声に、しかし一紗は身をこわばらせた。
 ダブルネームである川上は、ピンクのハートを散りばめて光線を出すという異能を持つ。見た目はともかく、まともに光線が当たると、下手したら一撃で死んでしまう。
 李京が倒れる姿を一紗は想像したが。
「えっ!?」
ピストルを持った川上が呆然とする。銃口からピンクの火花が一瞬散っただけで、光線が出なかったのだ。
「ハアッ!」
わずかな隙をつき、李京が掌を前に出す。手が川上に触れていないのだが、なぜか彼女は後ろに吹っ飛んだ。
「気功かしら? うっとおしい技を使うわね、おっさん」
肩を押さえながら、忌々しげに川上が言う。
「そっちこそ異能が使えねえみてえじゃんか。だとしたら俺と戦うのは厳しいだろうな、色っぺえ姉ちゃんよ」
「あんたに勝つのは厳しそうだけど、目的は違うからね」
「探し物してんだろ? 俺に勝ったら教えてやるよ」
「ああもう、結局はそうなるのね!」
答えると同時に、川上はピストルを撃つ。李京が弾道を予測して避けるが、その隙に川上は距離を離し弾を詰める。李京も続けざまに連続攻撃をするが、川上は何とか避けた。

 二人の戦いの様子を、一紗と克巳はそっと入り口から見ていた。
「この部屋が終点か? だとしたら、梨乃ちゃんたちはどこにいるんだ?」
入り口から見る限り、部屋の中にドアや別の通路はない。川上と李京以外の姿は見えない。
「別の隠し扉があるんでしょうか」
「かもしれないけど、仕掛けがあるとしたら祭壇周りの可能性が高いな」
「祭壇って、どうやってあそこまで行くんですか?」
二人の攻防は続いている。遮る物がない状況で20メートル近くの距離を彼らをかわして移動する自信は、一紗にも克巳にもない。
「李京さんも強いとは知ってたけど、あれほどとは思わなかった」
「リジェ、ってあの男のことか? 一紗ちゃんは彼を知ってるんだね」
「姫野さんの仲間です。どうして川上先生…組織の人と戦っているかまではわかりませんが」
「姫野って人は、暁彦くんの保護者だよね。僕たちの事を色々知っている人だっけな」
少しだけ考えた克巳は、戦っている二人に視線を向けたまま口を開く。
「ひょっとしたら、姫野はアシアナ教会と手を組んだのかもしれない。だとするとアシアナ教会の連中が、例の組織が襲撃するという情報を入手したことに納得がいく」
「情報を入手?」
「アシアナ教会の異能者たちを、隠し部屋に避難させていただろう。あらかじめ襲撃を知っていないとできないと思うよ」
「なるほど。でも今言えるのは、祭壇に行く方法が思いつかないってことですね」
「そうとも言うね。さてどうしようか…」
まだ続く戦いを覗きながら、克巳はため息をつく。
 戦いは徐々に川上が押されつつある。隙をみて弾丸を絶やさないようにしているのだが、李京の執拗な連続攻撃に耐えられなくなりつつある。
「どうしてなんだろう」
「何がだい?」
「先生…LHもピンクの光線を使えないみたいですね」
下手をすれば人を一撃で葬るピンクの光線。気功を使う李京と戦うためには必要な力だろうが、LHは使えないようだ。
「LHの異能が封じられているんだろう。さっき礼拝堂にいた男が、光の球を使えなかったようにね」
荒い呼吸をする川上を見ながら、克巳は言う。
「ともかく、あの女はかなりピンチってことだね」
複雑な気持ちで、一紗は副担任を見る。助けられないし助けようとも思わないけど、知り合いが危機的状況というのは、いい気持ちがしない。
 疲れてきた川上に、李京が一気に距離を詰める。
「くっ…」
至近距離まで近づいた李京は、間髪入れず門衛のエージェントに正拳突きを喰らわせた。
「がはあっ!!」
鈍い音と共に、川上の体が吹っ飛んだ。ピストルが手から離れ、弧を描きながら落ちていく。
「せ…むぐっ!?」
「叫ばないで、見つかるよ」
思わず声を出しそうになった一紗の口を、克巳が手でふさぐ。
「残念だけど、彼女を助けるわけにいかない。隙ができるまで見付からないようにしないと…」

「そういうわけにはいかないわ」

 二人の背後から女性の声。同時に肩に感触。
 触られたとたん、体から力が抜ける。
「しまった…!」
何とか力を振り絞り後ろを向くと、千輝が肩に手を置き、冷たい表情で見下ろしていた。彼女の手は青白く光っている。
「手を…離せ…」
「無駄よ」
千輝の手を振り払おうとするが、体が思うように動かない。
「…うっ……」
克巳が崩れるように倒れた。一紗は倒れはしなかったものの、すぐ横の壁にもたれかかってしまう。
「門衛の他に、とんだネズミが紛れ込んだものね」
「誰かいるなー、とは思ったんだよなあ」
入り口の異変に気づいたのか、李京が千輝に声をかける。
「そっちの女のとどめを刺したら、二人を運んで欲しいのですが」
「ねーちゃんは動けそうにねえから、そっちを先にやるよ。そいつらは殺さなくていいのか?」
李京の言葉に、一紗の顔から血の気が引く。
「どうした嬢ちゃん、顔色悪いぞ。死にたくなかったんなら、こんな所に来ちゃあいけなかったな」
一紗は男を睨む。死ぬのも恐いが、それよりも会話をしてメールのやりとりをしていた李京の口から「殺す」という言葉が出たことがショックだったのだ。
 所詮は彼も、姫野の仲間。どことなく親近感を持っていた自分を腹立たしく思う。
「いいえ、彼らには観客になってもらいましょう。どうせすぐに眠りにつくのだから」
「そっか。とりあえずちょっとだけ寿命が延びたみてえだぜ。おいおいそんなに睨むなよ」
どこから出したのかわからないロープで手足を縛られる一紗は、李京と千輝を睨みつける。本当は思い切り叫んで暴れたいところだが、体が鉛のように重い。
(千輝が体力を吸い取ったんだ。前に克巳さんにやったみたいに)
横で縛られている克巳は、明らかに一紗より衰弱している。かろうじて意識はあるが、まともに動けないようだ。
(悔しい、むかつく。でも今は少しでも体力を回復させなきゃ。いつまでもお前らの思い通りにはならないぞ!)
怒りを抑え、一紗はおとなしくチャンスを待つことにした。


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