「ギャアー…」
「やめてー…」
「助けてー…」
 突然、空洞の奥から声が聞こえた。心の底から響くような、悲しくて苦しそうな、か細い声。
「ひゃっ!」
思わず悲鳴を上げる一紗。わずかに聞こえるだけなのに、反射的に体がすくんでしまう。
「奥で、何が起こってるんだ?」
「だ、大丈夫なんですか?」
「本当に行くのか、お主ら」
銀子の攻撃を受け流し、ジョセフが口元だけの笑みを浮かべる。
「この先には拙者よりも強い教会員が潜んでおる。ろくに戦えもしないお主らが行って、どうにかなるのか?」
一紗は真っ暗な空洞を見る。相変わらず、体の奥からしぼり出したような悲痛な声が耳に入る。足がすくみ、体が震えるのを自覚する。恐い恐いと心が悲鳴を上げる。
「…克巳さん」
「なんだい?」
「暁彦くんたちも、ひどい目に遭っているんでしょうか」
「可能性はあるね」
一紗は深呼吸をし、拳をギュッと握ると、戦っている銀子に視線を向ける。
「銀子さん、絶対に死なないで下さいね」
言ってから、一紗は暗い空洞に飛び込んだ。
「くそっ!」
ジョセフが銀子の脇をすり抜け、穴に走り寄る。しかし銀子は男に体当たりをし、床にたたきつける。克巳が空洞に入ったと同時に、本棚がゆっくりと戻っていく。
 扉が完全に閉まると、銀子は微笑み、ジョセフは顔をゆがませた。
「もう少し足止めをさせてもらうわよ。久々の戦いも楽しみたいしね」
長刀を構え、勝ち気な笑みを浮かべる銀子。
「本来はお主の相手をしている暇はないのだが…」
ジョセフもニヤリと笑みを浮かべる。
「相手をする他、なさそうだな」
目の前の的に向かって、ジョセフも刀を構え直した。


 中にあるレバーを押すと、横にずれた本棚が戻っていく。
 隠し扉が完全に閉まると同時に、聞こえていた悲痛なうめき声が、全く聞こえなくなった。
「あれ?」
真っ暗な中、静まりかえった隠し通路の入り口で、一紗は首をかしげる。
「なるほどね」
克巳がライトを点けたので、足元が明るくなった。石でできた細い階段が視界に入る。岩をくり抜いて作ったよな、ゴツゴツした階段だ。
「なるほどって、何がですか?」
「さっきのうめき声は、幻聴だったらしい」
「幻聴?」
克巳が階段の先を照らす。光が届く範囲は、ずっとまっすぐな下りが続いている。
「多分、ジョセフ=ウォールマークは異能者だよ。僕たちを行かせまいとして、うめき声を聞かせていたんだと思う。かなり迫力ある声だったから、すっかり騙されたよ」
確かに、うめき声がジョセフが聞かせていた幻聴だとしたら、急に聞こえなくなったのは納得がいく。外見と武器に騙されたが、彼の本質は幻聴使いであることのようだ。
「彼が異能者だとしたら、銀子さんは本当に大丈夫なんですか?」
「信じるしかない。どのみちあの戦いでは僕たちは加勢はできない。だから今は少しでも早く戻れるように、先に進まないとね」
「そうですね」
ペンライトを掲げた克巳が階段を下りる。一紗も後についていく。考え事をしているのか、克巳は難しい顔をしている。
「どうしたんですか?」
「あ、ああ。アシアナ教会の人間は、異能者が多いような気がしてね」
「そういえば…」
眠り病を治す力を持った梨乃。相手の体力を奪う千輝。幻聴を聞かせるジョセフ。真奈美たちをはじめ、ここにいた元眠り病患者はみんな異能持ちだ。
「例の組織がアシアナ教会を襲撃したのは、異能者狩りも含まれているのかもしれない」
「彼らは異能者を管理したり処分しようとしているらしいですからね」
異能者たちが表に出ることを恐れ、ヒステリックなまでに異能者狩りを続けているらしい門衛。目的が暁彦と梨乃だけでない可能性も高い。
「なぜアシアナ教会に異能者が集まるんでしょうね」
「わからない。が、この様子だと教祖も異能持ちと考えた方がいいだろう。この先どうするかな」
難しい顔で、克巳が言った。


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