真奈美たちを見送った一行は、すぐにアシアナ教会に戻り、侵入する。
 二階に上がり、部屋を一つ一つ見ていくが、変わったものは何もない。ところどころ、血を流したり白目を剥いて倒れている人がいる。黒い服か、白い作務衣を着た人ばかりだ。
「どの場所も凄惨たる状態ね」
「門衛と教会員が争った結果だろうな。門衛の奴らの方が多い気がする」
「彼らにとっては敵地ですからね」
一紗は倒れている人を見るたびに、死が間近に潜んでいる危険な場所にいることを再認識する。多少見慣れたとはいえ、気分が悪いことには変わりない。
「大丈夫かい、一紗ちゃん」
「恐いけど大丈夫です。ここまできたら進むしかないです」
無理やり笑って一紗は答える。正直、無理にでも気を強く持たないとくじけそうになる。
「おかしいわねえ」
 二階の途中まで来たとき、銀子がつぶやいた。
「組織の人数が情報より少ない気がするんだけど。大人数が奥に行ったって事かしら」
どうやら銀子は、中に突入した門衛の人数と倒れている人数をチェックしていたらしい。
「外を見て。裏門あたりに五、六人倒れている黒服がいる。組織の連中じゃないかな」
ドアが開いていた部屋の窓から、そっと外を覗いた克巳が言う。一紗も確認しようと思ったが「見ない方がいい」と克巳に言われ、諦めた。見慣れてきたとはいえ、見なくていい死体をわざわざ見る必要はない。好奇心旺盛な一紗にも限度はある。
 倒れている人や壊れた残骸を避けつつ、一番奥の部屋に来た。ドアノブが壊れているところを見ると、鍵がかかった扉を無理やり壊したらしい。
 中に入ると、他より少しだけ広い部屋が目に入る。月明かりがわずかに部屋の中を照らす。
 簡素な机とベッド、そしてたくさんの本。質素だが、ここが教祖の部屋だろう。結構な数の本が床に散らばり、あちこちに傷や黒いシミがある。
「ここで誰かが戦ったみたいだな」
じゃああの黒いシミは…と一紗は言いかけたが、口を閉じる。
「組織だろうな。隠し扉とかないか調べていたんだ」
「でもパッと見ても、散らかってる以外はおかしいところはないみたいですよ」
「仕掛けを使った後、元通りになるんでしょうね」
とりあえず調べようと一歩踏み出したとき、突然、銀子が長刀を横なぎに払った。
「へっ?」
一紗と克巳が何が起こったかを理解する前に、白い服を着た男性が二人、血しぶきを上げて倒れる。
「……っ!」
目の前に飛び散る赤黒い血と、何のためらいもなく斬りつけた銀子に、一紗は恐怖を覚える。
(しっかりしろ私! こっちから攻撃しないと、自分たちがやられるんだぞ!)
「大丈夫? 一紗ちゃん」
心配顔でのぞき込む克巳に、一紗は震えながらも頷く。
「死んじゃあいないと思うけど、急に出てきたから手加減できなかったわ」
刀の刃を紙で拭きながら、銀子がつぶやく。切られた二人はわずかに体がけいれんしている。
「お主、女の身でありながらやりおるな」
 入り口から男の声。振り向くと、白い着物を着た白人の金髪青年が部屋に入ってきた。手には抜き身の日本刀を持っている。
「ネズミが迷い込んだと思ってタカをくくっていたが、甘かったな。最初から拙者が出るべきであった」
わずかに光が入る窓を背景に、金髪男が刀を構える。流暢な日本語だが妙に芝居がかっている。
「悪いがこれ以上は先に進ませられぬ」
「それって、ここに隠し扉があるって言ってるようなもんじゃん」
ポツリと一紗がツッコミを入れるが、男は動じていない。
「お主等をここで切れば同じ事。拙者はアシアナ教会員のジョセフ=ウォールマーク。拙者の信仰と刀に掛け、お主等を通しはせぬ!」
いうやいなや、ジョセフは一気に銀子との距離を詰める。銀子も長刀を握ってジョセフに突っ込む。克巳は一紗をかばい、脇にそれる。
「はっ!」
「やっ!」
金属がぶつかり合う音、空を切る音、足音。薄暗い部屋の中で、二人の攻防が続く。
「一紗ちゃん、今のうちに入り口を探そう」
「銀子さん、大丈夫ですか?」
「僕たちが加勢できるレベルじゃない。あの男は彼女に任せよう」
二人が戦っている脇で、一紗と克巳は隠し扉などの仕掛けを探し始める。
「むむ。そうはさせるか」
本棚をあさっている克巳たちを、ジョセフは横目に見る。
「よそ見している暇があるのかしら、お兄さん?」
一瞬の隙をつき、銀子が長刀を振り下ろした。その時。
『助けて…』
やっと聞こえるくらいの、克巳のささやきが耳に入った。
「克巳くん!?」
銀子が克巳に視線を向けるが、青年は必死な顔で仕掛けを探しているだけである。
「え…?」
「隙あり!」
今度はジョセフが銀子の隙をついて刀を振り下ろす。銀子は柄を利用して直撃をかわしたものの、切っ先が肩をかすめた。
「銀子さん!」
一紗は叫ぶが、銀子は「大丈夫」という雰囲気の笑顔を浮かべ、再び攻撃してくるジョセフを今度はしっかりとかわす。
「克巳さん、銀子さんは本当に大丈夫なんですか?」
「きっと大丈夫。それより危ないからこっちに来るんだ」
腕を掴まれ、半ば無理やり引っ張られる。本に手を掛けている克巳は一紗をかばい、前に立つ。
 銀子とジョセフのつばぜり合いが続いているが、怪我をしている分、銀子の動きがやや悪い。
「あたしは大丈夫ですよ。ここは任せて下さい!」
ウインクする銀子を見て、ジョセフは「しまった!」と叫ぶ。
「お願いするよ!」
克巳が答えると同時に、手に掛けた本を奥に押し込めた。
 明らかに本棚の奥行きよりも後ろに本が引っ込むと、一紗の後ろにある本棚が、音を立てて横に動き出した。
「行かせてなるものか!」
「あんたの相手はあたしでしょ」
ジョセフが二人を阻止しようとするが、銀子に阻まれて近づくことができない。
 本棚の後ろから、人一人が通れるくらいの空洞が現れた。下に続いているであろう階段が見えるが、先は真っ暗である。
「行くよ」
「え、あ、あの、銀子さんは」
「銀子さんが大丈夫と言ったから、きっと大丈夫だ。行こう」
「はい」
ライトを持った克巳が足を一歩踏み出した。


←前へ 次へ→