「ぐっ…!」
 扉が開いたとたん、息苦しいくらいのサビっぽい生臭さに覆われた。
「中を見ちゃダメだ!」
小声で克巳に言われるが、今の言葉で反射的に中を覗き、見た瞬間に再び口を押さえた。
 さほど広くない部屋には五人の男女が倒れていた。床に血が広がり、壁に飛び散っている。胃の逆流を我慢しつつ必要最小限に倒れた人を見たが、真奈美はいないようだ。
「親父もいない」
ホッとしたような落胆したような複雑な口調で克巳が答える。
「そう、ですか。望みがあると思っていいんでしょうか」
返事はせず、克巳は部屋を調べる。しかし部屋自体が狭く、五人の死体と保存用であろう食物と水と毛布、聖書以外は見つからない。
「収穫はなさそうだ。行こうか…」
立ち去りかけた克巳の足が止まる。
「どうしたんですか?」
「この壁にも、仕掛けがある」
「え?」
克巳が壁の一ヶ所に近づく。一紗も恐る恐る側に寄る。克巳は床が血だまりになっている場所の壁を調べている。
「ここに何が…」
「よく見ないとわからないけど、血が壁と床の境目に入っている」
血だまりなど見たくはなかったが、壁と床の境目に視線を移す。言われれば確かに一部だけ血の広がり方に違和感がある。
「隠し扉だとは思うんだけど、どう開けたらいいんだろう」
「どうかしましたか、克巳くん」
様子がおかしいと思ったのか、銀子がやってきた。克巳が隠し扉のことを説明すると、銀子も調べ始める。
「開け方があるはずなんだけど」
「そうねえ」
壁を押したり叩いたりする銀子。壁を押した後、振り返った。
「克巳くん、一緒に壁を押してもらえる?」
「壁を? わかった」
壁に向かって、銀子と克巳が手をかける。
「せーのっ」
二人が押すと、壁の一部が10センチほど奥に動いた。しかし壁はそれ以上動かなかった。しばらく必死に押していた二人だが、らちがあかないと考え、手を離した。
「絶対何かあると思うんだけどねえ」
銀子は再び壁を調べ始める。今度は克巳も一緒に調べている。
 しゃがんで壁と床の境を見ていた銀子が、突如「あっ!」と声を上げた。
「わかったの、銀子さん」
「ええ。こんなからくり、よく作るわね」
言って銀子は壁に手をかけ、ゆっくりと左にスライドさせた。
「うはー」
壁の一部が、人二人分くらい動いたところで止まった。現れたのは、鉄製の扉。今度はしっかり閉まっている。
「隠し扉の先にまた隠し扉があるなんて、普通は考えないよな」
「すごいです、銀子さん」
「でも、ここが女の子が閉じこめられている部屋とは思えないのよねえ」
取っ手に手をかけるが、鍵がかかっているのか動かない。カタン、と扉の奥からわずかに音がした。
「生存者がいるのか?」
「避難しているアシアナ教会の人だと思う」
「うかつにドアを壊すわけにはいかないわね」
「話すだけ話してみよう」
コンコン。と克巳は扉をノックする。
「誰か中にいますよね。僕たちは例の組織のものではありません。アシアナ教会にいるとある人を捜しているだけです」
奥にも聞こえるだろう、かつ響きすぎない声で呼びかけるが、応答は全くない。
「マナ? マナはいるの?」
一紗も、克巳に続いて呼びかける。
「マナと話しに来たの。お願い、いたら返事をして。いなかったら、宇都木真奈美さんがいる場所を教えて下さい」
必死に呼びかけるが、やはり返事はない。
「知らないなら知らないでもかまわないです。そう言ってもらえればいい。ただこの場所も絶対に安全とは言い切れません」
さらに克巳が呼びかけるが、返事はないまま。
「どうしましょう」
「仕方ない、扉を壊すか」
「大丈夫なんですか?」
「手練れとはいえ、銀子さんがすぐに見つけたくらいだ。ここにいると、組織の連中に見つかって殺されるかもしれない。無理やりでも引っ張り出した方がいいな」
言って克巳は懐からオートマチックピストルを取り出す。銀子も長刀をかまえた。


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