中は暗く、かなり奥から「何者だ!」「教祖はどこだ!」などと声が聞こえる。
 明かりを点けずに、克巳を先頭に進む。廊下に人の気配はない。暗くてほとんど何も見えないが、目の前の塊だけは確認できる。
 克巳は周りを見回すと、ポケットからペンライトを取り出し、塊を照らす。
「……!」
声を出しそうになったのを、一紗はかろうじてこらえた。
 塊は、仰向けになって倒れている男。白い作務衣のような服を着た50代くらいの男性は目を見開き、何かに怯えたような表情をしている。傷は見えないが、生きているようには見えない。
「修道着かしら。アシアナ教会員だと思うわ」
「大丈夫、一紗ちゃん?」
「だ、だ、大丈夫です。これくらいでめげてちゃ、先に進めないですから」
体の震えを押さえ、無理やり答える一紗。ショックは大きいが、体はまだ動く。
「早く行きましょう。マナたちがこうなる前に」
一紗の言葉に、克巳と銀子はうなずいた。
 らちがあかないのでペンライトを点けたまま三人は歩く。
 入り口のすぐ脇に二階に上がる階段があるが、まずは一階を調べるためにそのまま進む。
 両側に扉がいくつかと、正面には観音開きの扉が一つ。聞き耳を立て、中に人がいないだろうと判断すると、扉を開けて中を確認する。食堂、調理室、浴室、洗面所、図書室、事務室。一階に必要な共同施設を集めているらしいが、どの部屋も特に変わったものはない。
 途中、もう一人倒れていた。黒い動きやすい服装の男性。うつぶせで顔は見えないが、結構若そうだ。
「彼は組織側の人間だろう」
極力他を見ないようにし、つきあたりまで歩く。
 他より大きい観音開きの扉。銀子が聞き耳を立て、一つうなずいてから扉を開けた。

 中は、四人掛けくらいの椅子が十脚ほど、入り口に背を向け、並んでいる。正面には木製の十字架と、手前に教壇。教壇の後ろの壁には、光と空と大地を表しているらしい絵が描かれている。
「礼拝堂、かな?」
正面の上部に、ステンドグラスがはめ込まれた丸い窓があるが、外は雨のため、それ自体は採光の役目は果たしていない。教壇らしき場所の両端に灯されたオイルランプが内部を照らしている。普段なら厳粛な雰囲気を持つ、それこそ『聖別』された空間なのだろう。
 だが、壁や床、椅子のいたる所に黒い染みが飛び散っている。椅子にある白いカバーのクッションの染みは、赤黒い。
 そして、床に、椅子に転がる、黒い服と白い作務衣を着た人々。
 首や手足がありえない方向に向いている者、胴体の傷口が果物を割ったようにパックリ開いた者。一番近くの人間は、瞳孔が開ききったまなざしをこちらに向けている。
 礼拝堂に広がる、血なまぐさい臭い。
「うっ……」
口を押さえる一紗。胃が暴れたが、逆流だけは何とか抑えた。
「大丈夫かい? 顔が真っ青だよ」
「ど、どうにかこらえてます」
口と胃のあたりを押さえた一紗が、血の気を失いながらもキッパリと言い切る。
「生きている人はいないみたいね」
「奥に行ってみよう」
周りに警戒しつつ、ゆっくりと教壇に近づく三人。
 頑丈そうな、木でできた教壇には何も置かれていない。壁の絵は、抽象的ではあるが書き方は細かく、手間と時間がかかっているのが一目でわかる。
「こんな状態じゃなきゃ、素直に綺麗って思えるんだろうけど…」
後ろを見ないようにと壁画を眺める一紗。手で触れながら移動すると、ある場所で指が引っかかった。
「あれ?」
部屋の暗さと絵のタッチでわかりにくくなっているが、わずかに溝がある。床から手を伸ばしたくらいの高さまで、溝が確認できる。
「えっと、これって…」
一紗は注意深く壁に触れながら移動すると、一メートルほど左側にも、同じような溝を発見した。手は届かないが、上部をよく見ると左右の溝を繋ぐような溝がある。
「何かあった?」
様子が気になったのか、克巳が近づいて話しかける。
「ここに溝があるんですが、何かあるんじゃないかな。なんて…」
自信なさそうに話す一紗だが、克巳は興味を持ったのか、溝を触り、壁を叩いたり押したり近くを調べたりしている。
「お手柄だよ、一紗ちゃん」
「はい?」
「少しだけ離れてて」
青年が溝の一番上を押すと、押した部分がそのまま壁にめり込んだ。反対に、下部が前に飛びだしている。溝の左右中央部を軸に、板が回転している状態になっているのだ。
「なるほど。前後に回転するなんてパッと思いつかないからな」
「隠し扉って、こんなにあっさり見つかるものなんですか?」
「確かに簡単に見つかったから梨乃ちゃんはいないだろうけど、親父たちがいるかもしれない」
三人はしゃがんで扉をくぐり、仕掛け扉を閉める。
「あたしは仕掛けの前にいるわ。何かあったらすぐに行くから」
「頼んだよ、銀子さん」
二メートルほど先の場所に、木製の扉が見える。しかし普通なら閉められて鍵がかかっているはずなのだが、目の前の扉は少しずれている。
「開いている?」
「ひょっとしたら、ここは既に門衛の奴らに見つかって、乗り込まれたかもしれない」
「えっ!?」
青年の答えに、一紗の顔が先ほどよりも青くなる。
「マナや克巳さんのお父さんがここにいたら…」
「僕の後ろに隠れて」
克巳は懐からピストルを取り出し、いつでも撃てるように構える。
 ずれた扉に足と手を掛け、一気に押し開いて中に入った。


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