イタリアンレストランで一通りの食事が終わった後、一紗は川上から言われたことも伝えた。
「それはまたストレートに言ってきたなあ」
完全にあきれる克巳。
「忠治さんは私を行かせたいようでしたが、川上先生は本当に判断に任せる。ってかんじでした」
「こっちでも調べたけど、アシアナ教会襲撃は、ほぼ間違いないね」
顔をしかめて話す克巳の言葉に、一紗も顔をしかめる。真奈美と、克巳の父昇太郎が心配だ。
 おもむろに、克巳はカバンからファイルを取り出す。
「そうそう。アシアナ教会と異能者について、調べてみたんだけど」
ファイルをめくり、あるページを開く。
「元眠り病患者のうち、四人がアシアナ教会に行った」
「えっ!?」
思わず一紗は身を乗り出す。周りが驚いてこちらを見たので、少し気まずそうに席に着く。
「その中に、桂木喜一郎さんも入っていた。桂木家に信者らしき人物が来ていることも考えると、彼も異能を持ったとみて間違いないだろう」
信者や眠り病に、過剰に反応していた中年男性を思い出す。彼の家も、宇都木家と同じように、喜一郎が異能を持つことで家族と溝ができ、その隙間に、アシアナ教会がつけ込んだのだろう。
「まだはっきりと、元眠り病患者の信者イコール異能者であるとは断言できないけど、アシアナ教会が何かを狙っている可能性は高くなった」
 ここまで言ったとき、振動音が聞こえた。克巳の胸のあたりからだ。
「失礼」
一言断ると、克巳は胸ポケットから携帯電話を取り出し、画面を見る。難しい顔をした克巳は、すぐに電話をしまうと、一紗に向き直る。
「もう一つ裏が取れた。信者は中でかくまうらしい。だとすると、教会内に隠し部屋があると考えていいだろうね。家のメールに外周の様子を送ってもらったから、後で確認してみるよ」
「裏って、情報源は月夜埜の父だけではないんですか?」
彼の情報源である、月夜埜駅東口に出没する易者兼情報屋の老人は、実は門衛の偉い人物、シングルネームのCであった。正体がわかった以上、彼から情報を聞くことはできない。
「いくつかルートは確保しているんだ。今のは、一番裏がない確実なルート。でもこっちは、一紗ちゃんに明かすわけにはいかなくてね」
「はあ」
姫野ほどではないが、克巳の情報の広さもなかなかのものだ。味方で良かったと、しみじみと思う。
「というわけで、教会への襲撃は確実だ」
まっすぐに見つめる克巳の顔が引き締まる。金髪の長髪ということを除いても、中性的な整った顔立ちは十分に目を引く。
「一紗ちゃんは、どうするつもりだい?」
真顔のまま、克巳が尋ねる。
「それは…」
返事ができない。どうしたらいいのか、自分でもわからないからだ。
「僕の本音を言わせてもらうと、一紗ちゃんは行くべきではないと思う。危険すぎるし、他の人が言うとおり、君に何かできるとは思えない」
キッパリと克巳が言い切る。断言されて、一紗も少々カチンときた。反論しようとしたときに、再び克巳が口を開く。
「でも、僕の意見と、一紗ちゃんが何をしたいかは別だ。できるできないは置いといて、自分がどうしたいか、考えてごらん」
顔は真顔だが、諭すような優しい口調で、克巳が尋ねた。
 意外な言葉に毒気を抜かれた一紗は、再度考える。
(私にできることは、今のところ思いつかない)
それは動かない事実。でも、考えるのはできることではなく、やりたいことだ。
 一紗の願いは、暁彦と真奈美が何を考えているのかを理解し、協力すること。できれば交友関係も戻したい。
 しかし今すぐに対応しなければならないことは、二人が無事に襲撃から逃れること。真奈美は、単純に戦いに巻き込まれないように。暁彦は、無事に梨乃を助けることができるように。
(でも、私一人でできる事じゃない。かといって…)
目の前の青年を、一紗は見る。克巳に援助を要請して、引き受けてくれるだろうか。それは、彼を危険に巻き込むことになるのではないか。
「できる事じゃないよ。やりたいことを考えて。できれば、僕に教えてほしい」
一紗の気持ちを汲み取るかのように、克巳が話す。
(そうだ。今考えるのはやりたいことだ。できるかどうかは、話してから考えればいい)
拳をギュッと握り、一紗はまっすぐ克巳を見る。
「私、暁彦くんとマナの力になりたいです」
キッパリと一紗は言った。
「でも、克巳さんたちが言うように、私にできることは思いつきません。だけど、できないから何もしないでここにいることは、私にはできません」
克巳は何も言わない。じっと見つめる視線を受け止め、一紗は言葉を続ける。
「私が行って隙ができるなら、囮くらいなります。それで暁彦くんとマナを助けられる可能性が上がるなら、アシアナ教会に行きたいです」
やはり克巳は何も言わず、一紗を見つめ続ける。一紗も目をそらさず、青年を見る。

 やがて克巳は、大きな長いため息をついた。
「可能性は低いが、ゼロじゃない」
「え?」
諦め顔の克巳は、キョトンとする一紗に言う。
「少なくとも、アシアナ教会の連中は、君が来ることを知らないはずだ。ひょっとしたら門衛の連中もLH以外は知らないかもしれない。教会の連中に秘密裏に動けば、真奈美ちゃんを助けられる可能性は出てくる」
いつもの、もったいぶった説明。それだけに、彼の説明は信頼がおける。
「暁彦くんを手伝うのは難しいだろうね。でも、彼は強いんだろ? だったらそこは、無事を祈るしかない」
「だったら…」
「僕が思いつく範囲で、一つだけ一紗ちゃんができることがある」
ここで、克巳は笑顔を見せた。
「逃げ出そうとする暁彦くんを、君が引き止めるんだ」
「あっ…!」
暁彦は梨乃と二人で、どこか遠くに逃げようとしている。その前に待ち伏せするなりして、彼を引き止めることはできるかもしれない。
「梨乃ちゃんを捕まえてもいいかもしれない。彼女が捕まれば、暁彦くんも止まらざるを得ないからね。だけど、一紗ちゃんは彼に何を言うつもりだい?」
またまた一紗は考える。正直なところ、筋が通った理由を伝える自信はない。
 コテージでの出来事を思い出す。ヨルの側にいることに寂しさを覚えている暁彦。梨乃を見つけたら、彼は二人でこの世界を歩むのだろうか。
 一紗には、そうは思えない。
(きっと、刺客に怯えながら、でもヒルの世界に行くことなく、二人で生きていくんだろうな)
彼らにとってそれが幸せならば、口を挟む余地はない。でも、選択肢もなく、二人きりで生きていくことを余儀なくされるのだけは、絶対に避けたい。
「私は、側にいなくてもいいです」
ポツリと一紗がつぶやく。
 本当は側にいたい。側にいてほしい。だけどその願いは、一紗だけで叶えるものではない。
「暁彦くんと梨乃さんが、私たちと同じように生きていきたいと思うなら、私は笑顔で歓迎したいです。この世界にいてもいいかな。って思ってほしいんです。
 ものすごく傲慢だけど、それが私の願いです」
「確かに傲慢だね」
歯に衣着せず、キッパリと言い放つ克巳。しかし顔は笑っている。
「だけど一紗ちゃんの思いは、組織や教会の連中よりも強いと、僕は信じたいね」
言ってから、再び笑顔を引っ込める。
「確認するよ。アシアナ教会への侵入は、命に関わる。下手をすると、僕たちは何もできず、ただ巻き込まれてサヨナラだ。行ったところで、真奈美ちゃんや暁彦くんを助け出せるとは限らない。
 それでも、一紗ちゃんは行きたいかい?」
「はい。行きたいです」
間髪入れず、一紗は返事をした。瞳に迷いは一片もない。
「オーケー。じゃあ一旦解散しよう。夜10時にいつものバス停前で待ち合わせで。車で迎えに行くから」
「え? それって…」
「僕も行く。父がアシアナ教会にいるからね。あんな奴でも親だから、死んでほしくない」
克巳の言葉と表情には、苦々しさと、しかし寂しさもにじんでいる。
「少なくとも僕には足があるし、一紗ちゃんよりは戦えるつもりだ。それに、一人戦える味方を連れてくる。侵入も得意だから、頼りになるよ」
「あ、ありがとうございます。克巳さんがいてくれれば、とっても心強いです」
「君だけのためじゃない。さっきも言ったとおり、僕もあそこには用事があるからね」
克巳は立ち上がると、伝票を手にする。
「善は急げだ。頑張って家を抜け出してくれ」
「わかりました」
一紗も立ち上がり、少し考えて手を差し出す。
「よろしくお願いします。みんなの鼻をあかしてやりましょう!」
笑顔で言い切る一紗に、やはり青年も笑顔で返す。
「ああ。奴らをギャフンと言わせてやろう!」
男性にしては細く、でも少女よりずっと力強い手で、克巳は握手をする。
 二人の笑顔には、絶対に負けないという、強い意思があふれていた。


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