月夜埜市の北西部。夜埜ダムよりもさらに山奥にある、えんじ色の屋根がある灰色の建物。一見、倉庫にしか見えないが、ここがアシアナ教会の本部である。
 教会内部の部屋の一角に、濃い紫色のローブを羽織った男が座っている。薄笑いを貼り付けた、のっぺりとした顔。年齢は三十代にも五十代にも見え、ローブも着ているというより着られている印象だ。
 部屋は薄暗く、中央に大きなロウソクがあるのみ。機械を極力排除する生活を送っているため、照明もランプやロウソクを使用しているのだ。
 男の元に、一人の女性がやってきた。三十代前半くらいの切れ長の美女は、スーツを着て、髪の毛をお団子にまとめている。宗教施設ではなく、オフィスにいるイメージがある。
「戻りました、教祖様」
「ご苦労様です、千輝(ちぎら)さん」
教祖らしい男が、見た目通り特徴のない薄っぺらい声で返事をする。
「門衛が来るのは、土曜日の夜だそうです」
「ほうほう、それはご苦労なことです」
千輝の報告に、他人事のように答える教祖。薄ら笑いを浮かべたままだ。
「梨乃の救出が優先事項らしいです。暁彦の抹殺も任務に入っています」
「嘆かわしい。奴らは梨乃と暁彦の本当の力を知らないらしいですね」
教祖の口角が斜めに上がる。が、目は全く笑っていない。
「逆に言えば、門衛の連中も暁彦がここに来ると思っているんでしょうね」
「おそらく。高柴は日下部暁彦が来るかどうかわからない、と言ってましたが、梨乃がここにいることを知っていれば、必ずやってきます」
「梨乃の存在は知っているでしょうね。結界がほころびたとき、おそらく梨乃は暁彦に何らかのメッセージを送っているはずです。あの時はまずいと思いましたが、怪我の功名といいますか、暁彦をおびき寄せるいい餌になりました」
「信者たちの避難はどうしますか?」
あくまでも事務的に千輝が尋ねる。
「下手に外に出しても仕方がない。隠し部屋がいくつもありますから、それを利用しましょう。能力の持ち主を、優先的に避難させて下さい」
「わかりました」
教祖がニヤリと笑い、瞳が何かを企むかのように光る。
「能力を持たない連中は、囮にしてかまいません。私の名を出せば、奴らは喜んで犠牲になってくれるでしょう。異能がない人間に、価値はありませんからね」
「承知しました」
千輝は、手に持っていた用紙を渡す。印刷された紙を、教祖はいつもの薄ら笑いで受け取る。
「仕事がありますので、失礼致します」
「ありがとうございます。準備もよろしくお願いします。あと、梨乃の様子も見ておいて下さい」
「はい」
キッチリ45度のお辞儀をした後、千輝は静に部屋を出て行った。

 一人になった教祖は、薄笑いを浮かべたまま扉を見る。ロウソクからロウが垂れる。
「突撃とは、都合がいい。できれば異能者が多い方がいい。その方が、隙を作りやすいですからね」
ロウソクの明かりに照らされた教祖が、のっぺりとした顔からは想像もできない、凄惨な笑みを浮かべた。


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