翌日。前の日より大粒の雨が降っている。夜埜高校の周囲に広がる畑の緑が、雨に濡れて重そうにしなだれている。
 雨の音を聞きながら、授業が終わった一紗は昇降口に向かう。やはりいつもの元気はなく、足取りは重い。
「暁彦くん、今日も休みだったな」
雨粒が当たる窓を見ながら、一紗はつぶやく。月曜日からずっと学校に来ていない。
 一紗は携帯電話を取り出して、画面を開く。暁彦の携帯番号を表示するが、発信ボタンを押さずに、待ち受け画像に戻す。メール画面も開いてみるが、やはり閉じてしまう。
「以前なら、ここぞとばかりに連絡したのに。弱くなっちゃったなあ。押してダメだから引いているわけでもないし。もう、押しても引いても意味無いんだよな」
ブツブツ言いながら、もう一度住所録を出そうとしたときに、携帯が振動した。
 画面には『高清水克巳』と表示されている。
「克巳さん!?」
あわてて人気が少なそうな場所に行き、ボタンを押す。
〈もしもし、一紗ちゃん?〉
軽い口調の青年が、親しく話してくる。
 電話の主は、高清水克巳(たかしみずかつみ)。長谷部大学の二年生(三回生)で、一紗と眠り病の調査をしていた。だが色々忙しいとかで、ここ一週間ほどは全く連絡が取れなかったのだ。
〈ごめんね、今まで連絡できなくて。今もあまり話せないけど、調査とかがどうなったか気になったからさ〉
克巳の声を聞き、一紗は力が抜けそうになるくらいホッとした。
 今のところ、克巳は一紗にとって唯一の掛け値無い味方である。飄々としているが、様々な情報を提供してくれたり、一紗を気にかけてくれたりする、頼もしい仲間だ。
「それが…」
話したいことは山のようにあるが、どこから話していいかわからない。頭の中で整理する前に、克巳が話してきた。
〈色々あったみたいだね。直接会って話した方がいいみたいだね〉
「その方がいいかもですね。でも、会う時間はあるんですか?」
〈明日の夜ならどうにか。僕の方も話したいことがあるから、夕食でも一緒に食べないかい?〉
「ぜひ。私からお願いしたいくらいです」
〈決まりだ。夕方五時くらいに、以前待ち合わせをしたバス停まで迎えに行くよ〉
「わかりました」
話しながら、一紗は少しだけ心が軽くなるのを自覚した。状況は何も変わっていないが、味方がいるだけでこんなに心強いのかと思う。
〈ところで一紗ちゃん〉
再び克巳が話しかける。先ほどよりもやや声のトーンが落ちている。
〈元気ないみたいだけど、どうしたの?〉
図星を指され、一紗は返事に詰まる。何を言おうと思いめぐらせているが、先に克巳が言ってきた。
〈何かあったんだね。今は聞く時間が無くて申し訳ないけど、明日ちゃんと聞くよ〉
「ありがとうございます。ちょっと一言では言えないので」
〈わかった。ごめん、そろそろ切らないと。また明日連絡するよ〉
「はい。失礼します」
相手の電話が切れたことを確認し、一紗も電話を切る。
「これで少しは状況が進展するといいんだけど…」
克巳と連絡が取れて、相談できることはありがたい。しかし、一紗が解決したいことは、克巳に何とかできることとは考えにくい。
 それでも、一紗はいろんなところで、一人きりでないことを実感する。
「私も元気出さなきゃ。頑張るぞ!」
誰もいない廊下で、一紗は一人ガッツポーズをした。


←前へ 次へ→