どうしていいかわからなくなった一紗は、思いつく限り色々駆け回った。
 市立図書館に行ってみたが、予想どおり資料など無かった。
 怪しい情報満載の総合掲示板『月夜埜チャンネルガールズ板』に書き込んでみたけど、妙なレスがつくばかりで成果は無し。
 月夜埜市にあるライトなオカルト集団「兎亭」の存在を知り訪ねてみるものの、オカルトを楽しむ集団に過ぎなくて全然参考にならなかった。
 克巳に連絡を取ろうとしたが、全然電話に出ない。
 もう一度月夜埜の父に尋ねてみようと思い、一日バイトもやった。が、片手間の短期バイトでお金を貯めるのは時間がかかる。

 気持ちばかり焦って、空回りしてばかりの数日だった。


 金曜日の朝。
 高級マンションの一室の、家具がほとんど無い広いリビング。薄暗い部屋の中で、大型液晶テレビだけが明るく光っている。
〈それにしても最近の若者は恐ろしいと言いますか、すぐにキレますな〉
朝のワイドショーであろう番組。右上には大きく『警告! 急増する若者の犯罪』と、おどろおどろした文字で書いてある。
〈やはり環境の変化が原因なんでしょうか。核家族化が進み、一人っ子も増えて、家族がふれあう機会も減っていますからね〉
〈親の問題もあるでしょう。父親、母親としての責任を果たさない人が増えてますね〉
〈インターネットの発達で、良くない情報も子どもの耳に入りやすい。確かに環境の要因はかなり大きいで〉
知ったかぶりをした大学教授の顔がプツンと消える。
「くだらない」
真っ暗な部屋で、ツンツン頭の少年、暁彦がつぶやく。いつもならとっくに学校にいる時間にも関わらず、家にいる。
「環境が犯罪の原因なら、俺は世紀の大悪党になっている」
リモコンを放り投げ、暁彦はソファに寄りかかる。
「決闘は今夜だな」
ふざけた手紙で送られた果たし状。今日の深夜が決着の時だ。そんな日にのんきに学校に行く気にはなれない。
 テーブルに置いてある携帯電話が鳴った。画面には、メールの着信を知らせるアイコン。
「誰だ?」
忠治はほとんど電話での連絡で、メールは使わない。李京がおもしろ半分で変な画像付きのメールを送ってくることがあるので、それかなと思いながら手に取る。
 送信先には『森永一紗』と書いてある。
「なんだ?」
本文には、学校を休んでいるけど大丈夫か、何かあったのではないか、けがはしていないかと、絵文字顔文字付きで書かれている。
「あのお節介が」
携帯をテーブルに置こうとした暁彦だが。
 胸の中がほんのりと暖かくなる。
「…ん?」
暁彦は考えた後、伸ばした手を引っ込め、携帯電話の画面を開いた。


 次の時間に当たる英語を訳すのに必死で、一紗はすぐに気づかなかった。
「森ちゃん、携帯ブルッてるよ」
「え?」
明里の指摘で初めて着信に気づき、カバンから取り出す。Eメールの着信が一件ある。
「うわっ…!」
思わず声を上げ、すぐに口をつぐむ。
(暁彦くんから返事が来ちゃったよ!)
本文には一言『たいしたことない』とだけ書いてある。それでも、一紗は目の前の課題を忘れてしまうくらい舞い上がる。
(うわあ、まさか返事が来るとは思わなかったよ。どうしよどうしよー!)
画面を見たまま固まっている一紗。だが次の瞬間、携帯が手から消えた。
「あら。日下部くんからメールだわ」
「マジ? やるじゃん森ちゃん」
「あーっ! 返せよ志穂!」
顔を真っ赤にしながら携帯電話を取り戻そうとするが、背が高い志穂が携帯を持つ手を上に上げているので、全然届かない。めげずにピョンピョン跳びはねる一紗を巧みにかわしながら、志穂と明里が画面を覗く。
「さすが日下部くん。無口なだけあって本文も素っ気ないわね」
「森ちゃんの送信も普通だな。もっと甘ーい言葉が書いてあると思ったのにっ」
「かーえーせーコノヤロー!」
躍起になって取り返そうとする一紗の手に、志穂はそっと携帯を乗せる。
「頑張ってね。道は険しいわよ」
「応援してるからね。応援だけだけど」
あっけにとられる一紗を放置し、志穂と明里は自分の席に戻る。
 同時に、次の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
「あ。まだ訳してないんだけど…」
「はーい。席に着いた着いた」
引きつった顔でつぶやく一紗をあざ笑うかのように、亜麻色の髪の美女が教室に入ってきた。
「どうしたのよ森永、カエルが引きつったような顔をして」
ゴージャスな印象とは裏腹に、英語教諭で副担任の川上キアリーはざっくばらんに話しかける。
「ああ、日下部が休みで機嫌が悪いのね」
「ちょ、先生っ!」
クラスメイトがクスクス笑う中、一紗の顔が真っ赤になる。
「それ言っちゃダメ! 恥ずかしいじゃん!」
「あら、図星だった?」
「いや、図星じゃなくて、今日当たる訳がまだ終わってなくて…あ」
「ふうん」
勢いで言ってしまった一紗に、川上は不敵な笑みを浮かべる。
「色恋沙汰に熱中して、課題をやってなかった。と」
「やってないのは本当だけど、別に色恋沙汰でなく…」
「そうなのよ先生。森ちゃんったら日下部くんからメールをもらって浮かれてるのよ」
「学生としてあるまじき姿よね」
「よけいなこと言うな!」
さらに真っ赤になって怒鳴る一紗。川上は笑ったまま教科書を開く。
「了解。じゃあ森永は次回も訳やってね。15ページ3行目から4行目の一文節で」
「15ページの…って、長い上に難しそうだよここ」
「課題をやっていない方が悪い。今日は私が訳すから、席に座って教科書を開いて」
赤い顔をしつつも、反論できない一紗は渋々と席に着く。教科書を見た川上は、黒板に文字を書くために生徒に背中を向ける。
「最初は『彼女はおじいさんが入院している病院にお見舞いに行った。』ね。せっかくだから森永も日下部の家にお見舞いに行ったら?」
教師の茶々に再びクラスに笑いが漏れ、一紗の顔が真っ赤になる。
 だがチョークを持つ川上は、教師とは思えない黒い笑みを浮かべていた。


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