翌日の放課後。一紗は大急ぎで掃除を終わらせ、月夜埜駅東口へと向かった。
 午後4時前の少し早い時間だが、月夜埜の父はその場にいた。店を開けたばかりなのか、人の姿はない。
「こんにちは、お嬢さん…おや、君はいつだったか、意中の相手との恋愛運を聞きに来た子だね」
「こんにちは。覚えていてくれたんですね」
半月以上前のことにも関わらず、月夜埜の父は一紗の顔を覚えていてくれたことに、驚きを隠せない。
「商売柄、顔を覚えるのは得意でな。で、今日は彼氏との仲で聞きたいことでもあるのかい?」
彼氏じゃないんだけど。とツッコミを入れる余裕もなく、一紗は真顔で老人を見つめる。
「今日は別の用事です。高清水克巳さんの紹介で来ました」
克巳の名前を出したとたん、月夜埜の父から笑顔が消えた。鋭い視線で一紗を睨むが、少女もひるまない。
「あんたとはもう一度顔を合わせる気がしたが、こういう事だったのか。面倒ごとに首を突っ込んでいるようだな」
「はい。あなたの見立てどおりに」
威圧感に押されそうになるが、強気で一紗は言い返す。
「高清水のボウズから聞いたと思うが、恋愛運とは違い、それなりの報酬はもらうぞ。内容にもよるが、諭吉三枚は必要だな」
「諭吉…三万円ですか」
「高校一年生の君が、それだけの大金を持っているかね?」
確実にないのはわかっているが、一紗は財布の中身を確かめる。お札は三枚あるが、福沢諭吉ではなく野口英世である。
「三千円だと話にならんな。出直してきなさい」
「分割とかできませんか? どうしても聞きたいことがあるんです」
「ダメだな。当てにならん。あんたが逃げたときの取り立ても面倒だ」
「絶対に逃げません」
「口で言うのは簡単だ」
あくまでも突っぱねる月夜埜の父に、一紗はなす術がない。
(一万円くらいなら母ちゃんから参考書代と言って借りられるだろうけど、あと二万円はどうしよう。一日バイトを何日かやればいけるかな。一週間くらいか。マナ、大丈夫かな。それに聞いたからと言って、確実にわかるわけじゃないし…)
「どうしたお嬢さん。金が払えないなら、ここから去ってくれないか?他のお客さんの邪魔だ」
手をシッシッと払い、一紗を追い出そうとする老人。しかし少女はその場を動かない。
「月夜埜の父さん。三万円あれば、異能のコントロールを教えてもらえますか?」
「異能の? 金を持ってきたらな」
あくまで追い払おうとする易者に対し、なぜか一紗はニヤリと笑う。
「その様子だと、少なくとも異能については知っていそうですね」
「…なぜそれがわかる」
怪訝な顔で聞き返す月夜埜の父に、勝ち気な笑みで一紗が答える。
「私は説明なしに『異能』と言いました。でもあなたは何も聞き返しませんでした。つまり月夜埜の父さんは、異能が何かを知っているって事ですよね」
一紗の言葉に、老人は憮然とした顔で黙り込む。
 怒らせたかな。と少女は思ったが、月夜埜の父はいきなり大声で笑い出した。
「ワッハッハッハ。お嬢さんは度胸があるな。よろしい、今回に限り、三千円で手を打とう」
「え?」
「え?じゃない。異能のコントロールについて教えてやろうと言っておるんだ。ためらうならば、やめても良いぞ」
「やめないです! 聞きたいです!」
大急ぎで一紗は財布からお札を出し、月夜埜の父に渡す。
「まいど」
遠慮無くお札をもぎ取ると、月夜埜の父はノートと鉛筆を取り出す。
「で、異能のコントロールをしたいのは、あなたかな?」
「いいえ。私の友人で…」
「ふむ。では、友人の異能の特徴やいつ発生したかなどを教えてもらえるかな?」
一紗もメモ帳を取り出し、昨日、真奈美から聞いた情報を伝える。老人やそれらを細かくノートに書き込んでいく。さらに真奈美の外見や性格、家庭環境なども聞いていく。
「常時発動型で、能力は垂れ流し状態だな。視覚のみの作用。威力は弱めだが、本人の心のダメージもあり」
ブツブツ言いながら、月夜埜の父はノートの次のページをめくり、流暢に文字と図を書く。
 一通り書き終わるとノートを破り、一紗に渡す。
「ここに、異能のコントロールをする訓練方法を書いておいた。紙の取り扱いには注意しなさい。下手に見つかると、さらに面倒ごとに巻き込まれるからな」
「訓練、ですか?」
「さよう。異能のコントロールは、心のコントロール。方法は能力や人によって異なるが、すぐにできるものではない。毎日訓練して、少しずつ操れるようになる。スポーツや手作業などと一緒だな」
「そうなんですか…」
わかったようなわからないような感じ。でも手がかりはつかんだ。一歩前進ともいえる。
「本当は、本人に来てもらうものが一番なんだけどな」
「多分それは無理だと思います」
人と会うのが恐くて、部屋から一歩も出られない真奈美が、ここまで来ることができるとは思えない。
「訓練に行き詰まったり、新たな問題が出たら、また来なさい」
ノートをしまいながら老人が言う。
「ありがとうございます」
「ただし、今度こそ諭吉を持ってくるんだよ」
「…がめついですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
嫌味にも堪えず、月夜埜の父はニヤリと笑う。
 一紗はもう一度お礼を言い、その場を立ち去った。

「ふむ。お嬢さんも難儀だな」
 少女が歩いていった方向を眺め、あごに手を当てる月夜埜の父。
「思ったより色々知っていそうだな。本当は消さなければいけないのだろうが…」
口角だけを上げ、老人は笑う。
「利用できるかもな、あの子は」
小さくつぶやいた月夜埜の父を、中学生くらいの女の子が遠巻きに見ている。
 易者は女の子に向かって、営業スマイルを浮かべた。


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