しばらくして、真奈美は泣きやんだ。
「ごめんね」
目を真っ赤にした真奈美は、先ほどよりは落ち着いたようだ。
「びっくりしたでしょ、いきなりこんなことを言われて」
「うん。正直、驚いた」
「人の心を読む私なんて、不気味だよね。恐いよね」
まっすぐに一紗を見つめ、真奈美が尋ねる。明らかに怯えているが、目を逸らさない。
(確かに、自分の心を読まれたら、不気味だし恐いかも)
友人の思考を読み取ったのだろう。真奈美が目を伏せる。
「あ、いや、今のは」
「今のが本心でしょ?」
答える真奈美の声は冷たい。が、声は震え、強がっていることはわかる。小さくなって怯える友人を見て、一紗は考える。
 自分の心の中は読まれたくない。誰しもそう思うだろう。だから、心が読める人間がいたならば、その人を避けたいと思うのは普通だろう。実際に、本心だと指摘され、一紗はうろたえた。
「マナのその力、人と目を合わせなければ見えないの?」
「見えないわ。でも、一生目を逸らして生きていくわけにはいかないもの」
 カタカタと震える真奈美を見る。一紗がよく知る聡明で堂々としている姿とは違い、今は自分の力に怯える小さな少女に過ぎない。
「あのさ、マナ」
真奈美の背中に触れると、ビクリと震える。できるだけ優しく一紗は話しかける。
「やっぱり、自分の心を読まれるのは嫌だよ。マナの力が、不気味で恐いって思っちゃうのも本当」
返事はなく、真奈美はわずかに体を揺らすだけ。だが一紗は言葉を続ける。
「でもね、私はマナを放っておけない。こんなに怯えているマナを、突き放したりできないよ」
真奈美はゆっくりと顔を上げる。涙に濡れた真っ赤な目は、焦点が合っていないようだが一紗を見つめる。
「力を消す方法を探そう。ううん、せめてコントロールできる方法がないか探してみようよ」
「力を、コントロール?」
「うん。実を言うとね、マナ以外にも不思議が力を持っている人を知ってるんだ。彼らはもう少しだけ力をうまく操っていた。やり方はまだわからないけど、うまくコントロールできれば、文字が見えなくなるんじゃないかな」
パチパチと瞬きをし、一紗を見る真奈美。
「マナの力をコントロールできる方法を探してみるよ。いつ見つかるかはわからないけど、絶対に見つけるから、それまで我慢して」
「…森ちゃん…」
再び真奈美の目から涙がこぼれる。
「マナ?」
「ありがとう森ちゃん。私、森ちゃんに嫌われるのが恐かったの。だからそういってもらえると、すごくうれしい」
「嫌いになんかなるわけ無いじゃん! 友達なんだから」
一紗が手を握ると、真奈美も握り返す。今日初めての笑顔を真奈美が見せる。
「もうちょっとだけ頑張ってみるわ。森ちゃんも無理しないでね」
「大丈夫、任せて!」
友人の背中をたたいてから、一紗は真顔になる。
「ねえ、マナ」
「なあに?」
「話しにくいかもしれないけど、力の事を詳しいことを教えてくれないかな」
言いながら、一紗は自分のバッグからメモ帳と筆記用具を取り出す。
「参考になるかわからないけど、マナの異能とか目が覚めたときの状況とかを聞いておいた方が、探しやすいかなって思うの」
「イノウ? ああ、異なる能力の異能ね。その呼び方、しっくりくるわね」
真奈美の返事を聞いて、一紗は自分の失言に気づいた。異能を「異能」と呼んでいるのは、裏の世界だけなのだ。
「ま、まあそれはさておき、協力してくれる?」
「わかったわ」
涙を拭いて、真奈美は座り直した。

 思いつく限りの質問をする。
 真奈美は、相手が特に強く思っていることだけが文字となって見えること、目が悪い真奈美が裸眼で見ても文字だけははっきり見えること、先ほど言ったとおり、相手から目を逸らすと文字が見えなくなることがわかった。
 満美に確認したとおり、真奈美の眠り病を治したのは、やはりアシアナ教会だったらしい。目を覚ましたときの状況は、克巳の姉薫子が起きたときとほとんど同じであるようだ。
「マナの力は、目覚めてすぐに現れたんだよね」
「ええ。最初はみんなの周りに文字が回っていて、何だろうって思ったの。私が怯えているから、お母さんがすごく心配してた」
一紗は、薫子が目を覚ましたときの状況を思い出す。自分が思っているのと違う場所で目覚めたことに戸惑っていたようだが、それ以上の混乱はなさそうだった。
(同じ事やって、でも違う結果になったって事?)
考えてみるが、わからない。うなる一紗に、真奈美がおそるおそる尋ねる。
「アシアナ教会だっけ? やっぱり彼らが私に何かしたの?」
「わからない。ものっすごい美少女が眠り病を治したことだけはわかるけど、モヤシ教祖とか何もやってないしなあ」
「モヤシ教祖? その呼び方ピッタリかも」
クスクスと真奈美が笑う。少しずつではあるが、元気を取り戻しているようだ。
「一目見て、うさんくさいモヤシ野郎だって思ったよ。知り合いが眠り病を治してもらったときも、大金をふんだくったみたいだしさ」
「大金? お母さん、そんなことを言ってなかったわ」
「へ?」
真奈美の言葉に、一紗は首をかしげる。
「隠している可能性はあるけど、お金は請求されなかったって言ってたわ。さすがに何もしないのは悪いから、いくらか包んだとは言ってたけど」
「そうなの? 私の知り合いは何千万円取られたって言ってたよ」
「何千万円? だったら絶対にないよ。うちにそんな大金無いもの」
力一杯否定する真奈美の様子を見て、一紗は考え込む。
(お金を請求されなかった? だったらどうして眠り病を治してるの? 彼らに何のメリットがあるの?)
「森ちゃんは、アシアナ教会がお金目的で眠り病を治してると思ったのね」
考えている一紗に、真奈美が声をかける。声をかけた後すぐに顔をしかめる真奈美は、友人の心を覗いてしまったのだろう。
 だが一紗は自分の考えに夢中なのか、もはや気に留めないのか、特に反応を示さない。少しだけ真奈美はホッとする。
「うん。だからアシアナ教会が何考えてるのか、全然わかんなくなったよ」
「確かにね。後は質問はある?」
少しだけ考え、今は質問がないことを一紗が伝えると。
「じゃあ、私が質問していい?」
と真奈美が切り返してきた。
「いいけど、何?」
「日下部くんとはどうなってるの?」
「え、ええっ!?」
突然、暁彦の名前を出されて、思い切り動揺する一紗。
「い、いや、あの、その、い、今は関係ないだろうが」
「えーだって知りたいもの。その言い方だと、日下部くんに惚れたわね?」
「ほ、ほほ、惚れたって…」
「否定しないって事はビンゴね。心を見るまでもなく、森ちゃんわかりやすすぎ」
楽しそうに答える真奈美は、本人が言うとおり一紗を見ていない。
「だってマナ、暁彦くんがどうのこうのって、散々からかってたじゃん」
「あれは本当にからかってただけだもの。ていうか、いつから名前で呼ぶようになったのよ」
「うわあ、墓穴った!」
真っ赤になってオタオタする一紗に、真奈美はポツリとつぶやく。
「いいな森ちゃんは。相手に怯えることなく人を好きになることができて」
「マナ?」
「うらやましい…」
また涙声になる真奈美。一紗はあわてて真奈美の手を握る。
「今はつらいだろうけど、泣かないで。私も、一日でも早くコントロールの方法を探すからさ」
「…うん。ごめんね、ありがとう」
「謝んなくていいし、おれいもいらないって。マナの方がずっとずっと大変だもん。でも、無理矢理にでも元気を出した方がいいよ」
「ええ」
涙をためながらも、笑顔で答える真奈美。一紗も微笑んでから手を離す。
「今日は本当にありがとう。来てくれてうれしかった」
「当たり前じゃん。寂しくなったらいつでも連絡してね。グチならいつでも聞くからさ」
「私ものろけ話を聞きたいわ」
「だからまだつきあってないっうの」
楽しそうに笑う真奈美。一紗は「まったくもう」とむくれる。
 けれども、自分をダシにされても、真奈美が少しでも元気を出してくれて良かったと一紗は思った。


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