さわやかな晴天の5月下旬。
「おはよう、諸君!」
県立夜埜高校1年C組の教室に、ハイテンションな少女の声が響き渡る。
 丸い体に丸い顔、丸い目丸い鼻に大きな口、肩までの黒髪の少女は、森永一紗(もりながかずさ)。C組のクラス委員にして、ムードメーカー兼トラブルメーカーである。
「おっはよう森ちゃん」
「週明けからハイテンションだな」
「それが私の持ち味だからね」
くるくるとその場で意味なく回る一紗。見た目に反して、動きは軽い。
「ところで森ちゃん。あの後、日下部くんとどうなったの?」
背が高くおっとりした少女、蒲原志穂(かんばらしほ)が尋ねると、一紗の回転がピタリと止まる。
「なぜ、そうなる?」
「だって、あたしたちを追いかけた後、また二人で会ったんでしょ?」
茶髪のロングヘアーでツリ目系美人の水瀬明里(みなせあかり)も、志穂に便乗して問いかける。他のクラスメイトも興味津々で一紗を見ている。
「べ…別にどうもしないよ」
 一紗は、クラスメイトの日下部暁彦(くさかべあきひこ)に目下片思い中。
 先日、C組のメンバーとコテージに泊まったとき、一紗と暁彦が二人きりで話しているところを、クラスメイトたちが覗き見をしていたのだ。
「どうもしないって割には動揺しているみたいだけど」
「そ、そんなことないよっ」
言葉とは裏腹に、あわてて答える一紗。
 だが動揺しているのは、告白したりいいムードになったという理由ではない。

 暁彦は普通の少年とは違い、「異能」と呼ばれる不思議な力の持ち主である。それ故、彼が逃げ出した組織に命を狙われている。
 覗き見しているクラスメイトを追い払った一紗は、後に暁彦と二人で美少女の幻を見た。
 彼が「梨乃」と呼んだ幻の少女について尋ねたら、彼が異能を使い、一紗は気絶してしまったのだ。

 などという事情をクラスメイトに話せるわけがなく、適当にごまかすしか方法がない。すぐに顔と態度に出る自分を恨めしく思う。
「怪しいなあ。なーんかあったんじゃない?」
「OKされたとか?」
「まさか一線を超えたり…」
「ないないない! 何もねえよ!」
悲しいかな。何もないのは本当なので、この部分は力一杯否定する。
 なおも明里と志穂が突っ込もうとしたとき、目つきの悪い少年が教室に入ってきた。
 噂をすれば何とやら。彼が一紗の片思いの相手、日下部暁彦である。
 暁彦は一紗を見ると目を見開くが、すぐに元の表情に戻り、無言で席に着く。
「森ちゃんも席に戻ったら? 愛しの日下部くんの隣なんだから」
「うっさいなあ」
ニヤニヤ笑う友人たちを睨んでから、自分の席に戻る。
 左隣にいる少年は、無言で窓の外を見ている。一紗はあいさつをしようとしたが、クラスの集まりがあったときの出来事を思い出し、躊躇する。
(いや、あれは幻なんだ。確定じゃないんだ。いつも通りあいさつすればいいじゃないか)
自分に言い聞かせた一紗は、小さく深呼吸をし、暁彦を見る。
「お、おはよう」
「ああ」
いつも通りの気のない返事。少女は安心したような自分ばかり空回りしているような複雑な気持ちを抱く。が、暁彦はさらに話しかけてきた。
「昼休み」
「ん?」
「昼休み、時間取れるか?」
「…へ?」
「日曜日の調査の情報を知りたい」
「あ、ああ、眠り病の事ね」
またもや複雑な気分になるが、二人で眠り病の調査に行ったにもかかわらず、バタバタしていて情報を伝えていなかったことを思い出した。

 眠り病とは、月夜埜市ではやっている奇病で、名前の通り眠ったまま起きなくなる。
 一紗の友人、宇都木真奈美(うつきまなみ)も眠り病を患ったのち、ひょんなきっかけで暁彦と二人で眠り病の調査をすることになったのだ。

「屋上前の踊り場がいい。大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
渦巻く気持ちを隠し、一紗はにっこり笑って返事をした。


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