白とピンクの部屋。
 白いソファに、長い黒髪の美少女が座っている。一見、人形のように無表情だが、よく見ると青ざめ、わずかにこわばっている。
 少女の前には、一人の男。だぶだぶの紫のローブを羽織ったアシアナ教会教祖は、口元だけ薄笑いを浮かべている。年齢不詳で、ひょろひょろとして今ひとつ印象がつかめない。
「封印の強化は、これで大丈夫ですね」
やはり薄っぺらい、特徴がつかめない声で男がしゃべる。
「少々ほころびが大きかったようですが、その間、何もしてないですよね」
丁寧だが、どこか人を見下した口調で話しかけると、少女はわずかに首を横に振る。
「まあ何かをしていたとしても、今となってはさほど問題はないですね。奴らを潰す、いいきっかけになるだけです」
どこを見るでもなく話をしていた教祖が、少女をまっすぐに見る。
「そのうち、暁彦くんも連れてきますよ」
少女の体がビクリと動く。顔が引きつり、さらに青ざめる。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。あなた達に何かをしようなんて、こっぽっちも思っていません。むしろ、私にはお二人の力が必要なのです」
下を向く少女の顔は、青を通り越して真っ白になった。細い指が、白いスカートに食い込んでいる。
「そろそろ失礼します。不自由かもしれませんが、もう少し我慢して下さい、梨乃さん」
教祖は部屋から出ると、ガチャガチャと扉の鍵を厳重にかける。
 再び静寂がおとずれた部屋の中で、少女−梨乃がポツリとつぶやく。
「お願い、暁彦。捕まらないで…」
 梨乃の声は、かわいらしい部屋の中に消えていった。

「お待たせ致しました」
 事務所のような場所に、先ほどの紫ローブの男が入ってきた。
「珍しいじゃない。アシアナ教会の教祖様が遅れるなんて」
部屋で退屈そうな顔をして座っている、中学生くらいの外見の女性、姫野が言い放つ。机を挟んだ向かいに座っている、お団子頭でスーツの女性、千輝が顔をしかめる。
 だが教祖は気にすることなく「申し訳ございません」と頭を下げた。
「少々、野暮用がありまして」
「ま、いっけどね。ちゅーじ」
「はい」
脇に控えている西洋人形のような美青年、忠治が、カバンの中から資料を取り出す。
「はい、門衛のデータ。この場所、目ぇ付けられてるみたいよぉ」
「そのようですね」
薄ら笑いを浮かべたまま、教祖はプリントアウトされた紙を見る。
「見たらその紙は処分してね。シュレッダーでもかけて…ああ、あんたのところにはシュレッダーなんて無いわよね」
「アシアナ教会は、機械を極力排除した生活を送っていますから。なので、あなたが勤める会社の売り上げには貢献できません」
「別にいいわよ。家電をほしがる人間なんて、いくらでもいるんだから。
 で、そっちの様子はどうなのよ?」
「準備は滞りなく進んでおります。教会員も増やせそうです」
「ふーん、よかったわねー」
千輝が再び姫野を睨むが、ポニーテールで眼鏡の女は、何食わぬ顔で座っている。
「あなたが暁彦くんをこちらに渡して頂ければ、目的は達成も同然なんですけどね」
「アキはあげないわよ。気に入ってるんだから。でもそおねえ、シングルを倒したら考えてもいいわ」
「シングルですか。それは厳しいですね」
大して困った風でもなく、教祖が答える。
「そんなことよりも、アキにちょっかいを出さないでくれる? あの子は強いけど、こっちがフォローするのも面倒なのよ」
「何のことでしょう?」
「とぼけないで。あんたが教会員とやらに命令して、アキを連れて行こうとしてるのは知ってんだから」
「さすがですね。しかしこちらも、暁彦くんに教会員を殺されていますから、あいこにして頂けないでしょうか」
「まあ、いいでしょ」
千輝は三度、姫野を睨むが、教祖の表情は変わらない。薄笑いのまま「参りましたねー」と悠長に言っている。
「さてと。あたしたちはそろそろ帰るわ。また何かあったらよろしくね」
「こちらこそよろしくお願い致します。本日はご足労おかけしました。千輝さん、二人を玄関まで送ってあげて下さい」
「かしこまりました」
表情を完全に消した千輝は、慇懃に二人を部屋の外へと促す。
 部屋に一人になった教祖は、姫野が渡してくれた束を見ながらつぶやく。
「やはり、一筋縄ではいきませんね。しかし、暁彦くんはぜひわが教団に迎えなければなりません。今のままでは片手落ちですからね」
教祖の口角が上がる。目が全く笑っていないので、口元だけの笑みは、逆に恐いものがある。
「暁彦と梨乃。二人の力があって、初めて理想の世界が形成されるのですから」
ランプの明かりに照らされた教祖は、笑ったまま、誰にでもなくつぶやいた。


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