月夜埜駅と夜埜高校の中間あたりにある、とあるアパート。
 廊下のひび割れと古さに反して、外側はペンキを塗ったばかりという、いかにも最近リフォームしたばかりのアパートである。
 その中の一室、綺麗に整頓されたフローリングのワンルームで、亜麻色の髪の美女がベッドに寄りかかり、携帯電話で話をしている。
〈日下部暁彦の保護はできそうか?〉
電話からは、平坦な初老の男性の声。上司だから仕方がないとはいえ、淡々とした口調が話しづらいと、女は常々思う。
「CSSが失敗しましたからね。今度はどうしようか考えています」
〈CSSにとどめを刺したのはあなただったと思うが? LH〉
「仕方ないですよ。あそこで消しておかないと、私たちのことがばれるかもしれなかったんですから。彼も尋問なんて段階になったら、自ら命を絶つはずですから、同じですよ」
〈そう言われれば、それまでだけどな〉
「ともかく、暁彦の件は、何とかします。いざとなったら私が動くつもりです」
〈ほう。ダブルネーム自ら出るのか〉
「力自体は大したことないハズなんですけどねえ。異能と武術の使い分けがうまいんですよ。そもそも、組織にいた頃に武道なんてやってましたっけ?」
〈逃げ出したあとに、誰かが教えたんだろうな。彼をバックアップしている人物なり組織があるって事だね〉
「組織とやらはつかめてないんですか?」
〈こっちも万能じゃないからねえ…〉
さほど困っていない口調の男に、LHと呼ばれた女はこれ見よがしにため息をつく。
「ところで、梨乃の保護は進んでるんですか?」
〈まだ特定はできない。最近、それらしい気配は感じたんだがね〉
「Cでも見つけられないことがあるんですね」
明らかにいやみたっぷりにLHが言う。が、Cと呼ばれた男は気にしていないようだ。
〈多分、私の力を遮る場所、例えば結界の中などに幽閉されているとかだと思う。今はわずかな気配を頼りに、そういう場所を探しているところだ〉
「なるほど。どのみち、暁彦から捕まえた方が早そうですね」
〈そうなるな。頼んだよ〉
「わかりました」
Cに返事をしてすぐに、女は電話を切った。
 小さくため息をつくと立ち上がり、外を見る。近くにあまりアパートがないせいか、様々な一戸建ての屋根がぽつぽつと見える。少し離れたところには畑が広がり、真ん中に古ぼけた学校がポツンと建っている。
「逃げ切ってほしい気もするけど…まあ頑張ってほしいわね」
景色を眺めながら、女は小さくつぶやいた。


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