「キャアアアアアアアアアアッ!!」
 闇夜を引き裂く金切り声。
 驚いた男たちが振り向くと、倉庫の入り口で一紗が力の限り大声を張り上げている。
「助けてえええ! 誰かあああ! 人殺しいいいいいっ!!」
 一瞬、あっけにとられた彼らだが、サングラス男が「だ、黙れきさま!」と怒鳴り、ピストルを一紗に向ける。
「てめえも死にたいのか…ぐあっ!」
銃を撃とうとした男の体が、横に吹っ飛んだ。
「やかましい」
 二人の男に掴まれた状態の暁彦が、どうにか動く足で、横を向いたサングラス男を蹴り飛ばしたのだ。
 さらに、暁彦が動いた為、二人の男もバランスを崩す。
 サングラス男を蹴った反動を利用し、暁彦は体重を自分の後ろ、二人の男がいる方向にかける。
「うわわっ!?」
バランスを崩した男たちの、暁彦を掴む手が緩んだ。その隙に少年は男たちから離れる。
「きっ、きさま!」
拳銃を構え直そうとしたサングラス男だが。
「ぐぎゃあっ!」
搾り出すような叫び声を上げ、男は持っていた拳銃を落としてしまった。
 右手の甲には、暁彦が投げたナイフが深々と刺さっている。
「つ、捕まえろ! 絶対に逃がすな!」
痛みで顔をゆがませたサングラス男は、二人の部下に命令をする。
「てめえ!」
「逃げられると思うなよ!」
二人の男は立ち上がり、距離をとった暁彦に向き直る。状況は先ほどよりもましだが、不利な事には変わりはない。
(うわあ。今度こそどうしよう。もう悲鳴は通じないだろうし、こっちを見てないけど、きっと私の事も気にしてるはず)
一紗が思うとおり、三人のエージェントは、顔こそ暁彦に向いているものの、一紗にも気を配っているのを、ひしひしと感じる。
「おとなしく殺されな!」
 男たちが立ち上がり、暁彦が迎え撃とうとしたとき。
「ぎゃあっ!」
「ぐはあっ!」
 いきなり、二人の刺客が目を見開き、そのまま倒れてしまった。
「!?」
「なっ…」
崩れるように倒れた男たち。残った敵味方は状況を把握しきれず、戸惑っている。
「な、な…何が起こったの?」
「大丈夫ですか?森永さん」
 やはりボーッとしている一紗の横に、スーツ姿の美青年が現れた。
「忠治さん!」
「何とか間に合ったようですね」
忠治が答えると同時に、サングラス男が大きく吹っ飛ぶ。飛ばされた男は、そのまま網フェンスにぶつかった。
「何だよ、手応えねーなー」
先ほどまで男がいた近くに、中華風の服を着た初老の男性が立っていた。
「李京(リジェ)さんも!」
「ちょーっと苦戦してたみてえだな、暁彦」
李京はニヤリと笑うと、サングラス男が吹っ飛んだ場所に走っていき、何とか逃げようとする男を捕まえる。
「この間は逃げられちまったが、今度は逃がさねえぞ。
 さて、腹をくくって門衛の事を話してもらおうか…」
片手でサングラス男の後ろ手を取り、もう片方の手で胸倉を掴んでいた李京だっただ、いきなり険しい顔つきになると、なぜか男からすぐに離れた。
 李京が離れたと同時に、フェンスの先からピンク色の光が飛んでくる。
「ギャアアアッ!!」
ハート模様を散りばめた、ショッキングピンクの怪しい光がサングラス男に当たると、男が苦しそうに叫び、そのまま崩れるように倒れてしまった。
「な…何…?」
男性陣が険しい顔つきで光が飛んできた方向を見る中、状況について行けない一紗が一人呆然としている。
 しばらく遠くを睨んでいた李京が、再度サングラス男を掴む。
手を取り、首筋を触った李京は、険しい顔のまま首を横に振った。
「死んだ、の?」
搾り出すように話す一紗を見て、忠治はサングラス男が見えない位置に立つ。
「やられましたね」
「もう一人仲間がいたのか」
「これ以上、攻撃を仕掛ける気はないみたいですけどね」
 しばらく黙っていた一行だったが、忠治がポツリと「帰りましょう」と言った。
「あ、あの。倒れている彼らはそのままでいいんですか?他の人に見つかったら面倒じゃ…」
倒れている人間を見ないようにして、一紗が尋ねる。
「心配いらねえさ。後始末は、奴らの仲間がするだろう」
「え?で、でも…」
「今日あった事は、絶対に誰にも話さないでください」
静かに、だが反論を許さない口調で忠治が言う。言われるままに一紗がうなずくと、忠治は柔らかい微笑を浮かべ、そのまま先頭を歩き出した。

「しっかし、嬢ちゃんの声はでかいなあ」
 歩きながら、感心したようなあきれたような口調で言う李京。
「二人とも無事でよかったです。森永さんから、運動公園の場所を聞いてすぐに駆けつけたのですが、なにしろ広いですからね。
 森永さんの悲鳴が聞こえなかったら、間に合わなかったでしょうね」
「場所を聞く…?」
違和感を感じた暁彦が、怪訝な顔で聞き返す。
「ああ、森永さんに電話したんですよ。放課後に暁彦くんの家の前で会ったときに、携帯番号を聞いたので…」
「わー! わー! わあーっ!!」
忠治の言葉を遮るように叫ぶ一紗。
「俺の、家の前で、会った?」
だが、暁彦にはしっかり聞こえていたようだ。あわてる一紗を、暁彦は睨みつける。
「お、おせっかいだと思ったけど、日下部くんのカバンを家まで届けに行ったんだよ」
「話は森永さんから聞きましたよ。ちゃんとお礼とお詫びを言ってくださいね」
「……」
 ばつが悪そうにそっぽを向く暁彦。
 気まずそうに苦笑いを浮かべる一紗。
 そんな二人を、やれやれといった表情で、忠治と李京は見る。
「公園の外に車が置いてあります。帰りましょう」
 木とベンチのシルエットが浮かび、街灯だけがささやかに辺りを照らす、夜のあけぼの運動公園。
 騒ぎがあったとは思えないほど静かな公園を、四人は後にした。


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