突然、倉庫のドアと壁に、堅いものが複数ぶつかる鈍い音が響いた。
さほど頑丈でない金属製のドアが、衝撃でへこむ。
「見つかったか!」
「早すぎるよ! かくれんぼしていても、絶対に見つからなかった場所なのに!」
「追いかけられてから、ずっとこうなんだ」
携帯電話を切った暁彦が、険しい顔で言う。
「わからないような場所に隠れていても、絶対に短時間で見つかってしまう。
 何らかの形で、俺の居場所がわかるのかもしれない」
「どうするの?」
「おまえは物陰に隠れていろ」
暁彦は懐に手を入れ、へこみが増えていく扉にジリジリと近寄っていく。
「死にたくなければ、頭を下げて丸まっていろ」
一紗に言った暁彦は、ドアにへこみができると同時に勢いよく開けた。
「うわっ!?」
黒い服を着て、鉄パイプを持った男が、勢い余って部屋に飛び込んだ。前へつんのめる男に、暁彦は足をかけて転ばせると、後ろ手を取って床に叩きつける。
「ぐぎゃあ!」
叫び声とともに、男は血と歯を飛び散らせて倒れる。
 部屋の隅で丸まりつつも、こっそりと様子を見ていた一紗は、一連の出来事に背筋を凍らせた。
 男が倒れた状態もそうだが、表情を消し、攻撃することに全く躊躇しなかった暁彦。彼が生きてきた『ヨルの側の世界』を垣間見た気が、一紗にはした。
「おまえはそこにいろ」
「く、日下部くんは?」
「外へ行く。俺と決着をつけたがっているやつが来た」
倒れている男は気にも留めず、暁彦は倉庫から出る。
「どうした? 追いかけっこはもう終わりか?」
 倉庫のすぐ近く。
拳銃を構えた40代くらいの男が、暁彦の正面に立っていた。
暗い中にも関わらず、ご丁寧にサングラスをかけている。
「あいつ…」
入り口からこっそり外を見ている一紗が、口の中でつぶやく。

 暁彦の命を狙う男。一紗も巻き込まれる形で誘拐され、目の前の男に殺されかけた経緯を持つ。
 あの時の記憶が頭を巡り、背中を冷や汗が伝う。

 懐に手を入れたまま、暁彦はサングラス男を睨む。
「日下部暁彦。あんた、異能だけでなく、単純に強いな。俺の部下を何人倒した?」
「知るか」
「五人だよ五人。まあでも、今回は戦える味方はいないようだし、ここで死んでもらおうかな?
 それとも、俺たちの元に戻るか? お願いしたら考えてやってもいいぞ」
「断る」
きっぱりと言い切った暁彦は、懐から手を出し、何かを投げつけた。
男も瞬時に横に動く。
男が動いたすぐ後、木の幹に銀色の細長いものがガツンと突き刺さる。
(ナ、ナイフ? 日下部くん、ナイフなんて投げるの?)
混乱する一紗を知る由もなく、暁彦は男の拳銃を避けながら、再度ナイフを投げる。パシュンパシュンと、弾が発射される音が続く。
 しかし、二人とも木の間を動き回り、お互いに当たらない。
「ちょこまかちょこまかと。うっとおしいやつだ」
「だったら捕まえて…うわっ!?」
逃げ回る暁彦の両脇から、いきなり四本の手が伸びてきた。
「なっ…」
黒づくめの格好をした男たちに、暁彦は掴まれてしまう。
「は、放せ!」
抜け出そうともがく暁彦だが、男たちはガッチリと掴んで放さない。
 その間に、サングラス男は弾を装填し、暁彦に近寄る。
「まだ仲間がいたのか」
「こっちも後がないんでね。なりふり構っていらんないのさ」
拳銃を暁彦に向けると、余裕たっぷりの表情で男が話しかける。
暁彦は、悔しそうに男を睨んでいる。
(ど、どうしよう。どうしたらいいんだろう)
 二人の様子を覗く一紗は、混乱しそうな心を必死で押さえて考える。
(私がしゃしゃり出たところで、邪魔になるだけだよな)
何か使えるものはないかと辺りを見回すが、砂袋と、暁彦が倒した男が持っている鉄パイプくらいしかない。
(あんなの私に使えねえよ。
 えっとえっと、とにかく日下部くんが諦めてないみたいだから、なんとかして隙を作れたらいいんだけど…)
必死に考える一紗を気にすることなく、サングラス男は暁彦に言う。
「最後のチャンスだ。戻ってきて仲間になるか?」
「断る」
身動きできず、拳銃を突きつけられた状態でも、暁彦の返事は変わらない。
「仕方ない。今度こそ、さよならだ」
ニヤリと笑うサングラス男。引き金に手をかけた。


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