暁彦がいなくなったのを確認してからコンビニを出た一紗は、そのまま真奈美がいるベンチに向かう。
 だが、真奈美が座っているはずの場所に人影はない。
「あれ?」
首をかしげつつベンチに近づいた一紗の顔色が変わる。
「マナ!?」
ベンチのすぐそばの地面に、さっきまで座っていたはずの真奈美がうつ伏せで倒れていた。
「マナ!どうしたの!?」
あわてる自分を抑え、そっと真奈美の顔をのぞく。友人に外傷はなく、顔色もさほど悪くない。スースーと小さく息が漏れている。
「…寝てる?」
困惑しつつ一紗は、真奈美に外傷がないことをもう一度確認すると揺すったり軽くほおを叩いてみる。
「マナ。マナってば! 起きろよ!」
しかし、まったく起きる気配はない。
 先ほどよりも強く真奈美の体を揺すったり叩いたり「いい加減に起きろ!」と耳元で叫んだりしたが、友人はピクリとも動かず規則正しい寝息を立てている。
「どういう事?」
起きる様子が全くない真奈美を見て、さすがにおかしいと一紗は思う。

 気持ちよさそうに眠る友人を見て『眠り病』という言葉が頭に浮かんだ。

「…まさか!」
 再び思いつく限りの手段で真奈美を起こしてみる一紗だが、揺さぶろうが叩こうがわめこうが全然変化がない様子に、血の気が引く。
「ど、ど、どうしよう」
混乱する頭を抑え、一紗は自分が何をするべきか必死で考えた。


 迷ったあげく、一紗は救急車を呼んだ。
 大げさだったかもしれないと救急車を呼んでから思ったが、真奈美の付き添いで行った長谷部大学病院で一紗もそのまま医師の診断を受け、挙げ句の果てに一日入院になってしまった。家にはもちろん連絡を入れたが、予想を大きく超える騒ぎにとまどった。


 翌日の昼頃。
 一紗の検査をした医師が現時点では異常がないことを告げた。ホッとした一紗だが、病院に運ばれてから会っていない真奈美について尋ねる。
「予想はついていると思いますが、覚悟して聞いて下さい」
医師の硬い表情に、一紗も思わず緊張する。
「宇都木さんは、眠り病と診断されました」
「……」
確かに予想したとはいえ、医師からはっきりと告げられた一紗はかなり動揺した。
「まだ不明な点が多い病気なので、森永さんも検査させていただきました。
 今までの研究によれば、普通に接している分には感染する可能性は非常に低いです。人から人への感染例は一件も出ていません。その為、森永さんに関しては、問題ないと考えて差し支えありません」
そうは言われても、一紗の心はまったく晴れない。病気にかかった真奈美のことばかりが気になる。
「眠り病についてはご存知でしょうか?」
硬い顔のまま、医者が尋ねる。
「正直あまり…。病名と簡単な症状くらいしかわかりません」
「初耳ではないようですね。わかりました」
一紗の言葉を受けた医師は、眠り病の説明をはじめた。
「眠り病の正式名称は、後天的無起床性睡眠障害。数ヶ月前に確認されたばかりの病気で、現時点では原因も根本的な治療法も発見されていません」
一紗の表情が暗くなる。治療法がないということは、真奈美がいつ目覚めるかわからないことを意味する。
「名前の通り、眠り病にかかると眠ったまま起きなくなります。健康な方が眠っているときと同じように生命維持活動は行われています。寝たきりと違って寝返りもうちますし、脳波測定の結果、夢を見ることも判明しております」
「……」
「眠り病にかかった患者はほとんどの場合、前触れもなく突然病気になります。夜に眠ったまま起きなくなる、というケースは今のところ確認してません」
真奈美が倒れていたときの状況を一紗は思い出す。トイレに行ってから戻ってくるまで10分とかかっていない。その前までは、体調が悪そうなどの症状は全くなさそうだった。
 その後、今後の研究に役立てたいのとのことで、真奈美が倒れたときの状況を教えてほしいと医者に言われ、素直に応じる。
「ありがとうございます。今後の参考にさせていただきます」
お礼を言い、退院に必要な書類を用意する医師に一紗は尋ねる。
「マナ…宇都木さんは治りますか?」
「…今は全力を尽くす。としか申し上げられません」
事務口調だが疲れと悔しさがわずかににじむ医者を見た一紗は、それ以上何も言えなくなった。


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