「ごめんね」
 建物を移動中、背負われた一紗はポツリと言った。
「ごめんね日下部くん。迷惑かけて」
「まったくだ」
フォローが全然無い暁彦の返事。
「忠告しただろう。俺に関わってると面倒なことに巻きこまれるって」
「だって、まさかこんな事になるとは思わなかったから」
「…普通の生活をしていれば、そう思うんだろうな…」
小さくつぶやく暁彦の言葉は、どこか寂しそうに聞こえる。
「今回のことで懲りただろう。もう俺に関わらない方がいい」
「確かに懲りた」
背中の体温を感じながら、一紗は言葉を続ける。
「でも、もう遅いと思うよ。結構、首を突っ込んじゃったもん。
 それにせっかく学校に来ているのに、誰とも話したり遊んだりバカやったりできないんじゃ、つまらないっしょ」
「言っておくが」
一紗の質問に答えずに、暁彦が口を挟む。
「おまえを助けたのは門衛のエージェントを捕まえるついでだ」
「モンエイ? モンエイって何?」
背中から聞こえる質問に暁彦の眉間にしわが寄る。
「ハッハッハ。失言だな暁彦」
ムッとする暁彦に代わり、李京が答える。
「知らねえ方がいいよ、嬢ちゃん。もっと面倒なことに巻きこまれるからな」
そう言われると余計に気になるのだが、今の一紗にはこれ以上突っ込んだことを聞く気力はない。
「正直、ついででも助けに来てくれるとは思わなかった」
「俺もおまえなんか助けるつもりはなかった」
ムッとしたまま暁彦が言う。
「助けてもらって言うのもなんだけど」
一紗も少しムッとして言い返す。
「私のこと、おまえとかキサマとかばかり呼んで。私の名前、知ってるの?」
「一紗」
「…って、え?」
「森永一紗、だろ?」
「え、そ、そうだけど…」
「名前で呼べばいいのか、一紗」
「あ…」
いきなり名前で呼ばれ、とっさに反応できない一紗。なぜか脈が速くなる。
(な、何で? きっと男の子に名前を呼ばれたせいだ。きっとそうだ)
「入口が見えたぞ」
混乱している一紗をよそに李京がガラス張りの入口を指さす。外はすっかり暗くなっている。
「さ、こんな所さっさと出よっかね」
李京に促されるまでもなく、三人は脇目もふらずに建物から出て行った。


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