「待て!」

 一紗が死を覚悟した時、部屋の入口から少年の声がした。
 びっくりした二人は、入口に振り向く。

 男が懐中電灯を向けた光の先に、整った顔立ちの少年が珍しく焦りの表情を浮かべて立っていた。
「日下部!」
「日下部くん!?」
「約束通り来たぞ。そいつを離すんだ」
「来ないで日下部くん!」
男が銃口を暁彦に向けると同時に一紗が叫ぶ。
「こいつ、どのみち殺すつもりだよ! だから逃げ…ぐあっ!」
大声で怒鳴る一紗の頭を男が銃で殴る。気絶こそしなかったものの、一紗の頭は鈍器で殴られたショックでクラクラし、視界にもチカチカと花火が飛び散っている。
「さて、静かになったところでゆっくり話でもしようじゃないか」
「話す事なんて無い」
「そう言うなよ。こっちはおまえのやったことに目をつぶって、仲間に戻ろうって言ってるんだから」
(仲間?)
自分の予想と違う言葉に、ぼんやりした頭に疑問が浮かぶ一紗。
「あんたの力があれば、結構いい位置にいけると思うんだがね」
「断ったら殺すつもりだろ?」
「仕方ないだろう。おまえの能力はこっちとしては野放しにできないからな。さてどうする?」
「断る」
大きな声ではないが、しかしはっきりと暁彦は言った。
 二人のやりとりをボーッとした頭で一紗は聞くが、サッパリ理解できない。
「やはりな。じゃあ、おまえが先に死にな」
「や…やめて…」
引き金にかかる男の指が動くのがわかる。一紗は次に起こるであろう惨劇を想像した。
 しかし。

「がっ!?」
次の瞬間、絞り出すような声を出し男はその場に崩れ落ちた。
「え?な、何?」
「少しだけじっとしてろ」
すぐ横から聞こえる、知ってる声。
「今、ロープを切っているから」
「日下部くん!?」
ほんの少し前まで部屋の入口にいたはずの暁彦が、一紗のすぐ隣にいた。
(ここ、入口から離れてるよね? 男が倒れたほんの一瞬の間に音も立てずにここに来たの?)
状況が読めずに混乱する一紗。だが殴られてボーッとしている頭では、うまく思考がまとまらない。
「こっちは大丈夫だ。ちゃんと気絶しているぜ」
 突如、暗闇から知らない男の声が聞こえる。一紗は体をこわばらせるが、暁彦の態度は変わらない。
「仲間だ」
サングラス男がいた近くにもうひとつ灯りがつくと、50代後半くらいの男性の顔が闇に浮かぶ。
「どわあっ!?」
下から照らされた顔に思わず一紗は悲鳴をあげる。
「李京(リジェ)さん。おどかさないで下さい」
「わりいわりい。自分で自分を照らすのに一番手っ取り早かったからな」
リジェと呼ばれた細身の中国系の男性は、状況と年齢に似合わない軽い口調で話す。
「サングラス野郎は俺が縛るから、暁彦は早く嬢ちゃんを助けてやんな」
返事はしないが、暁彦は持っているナイフで手際よく縄をを切りはじめる。
「痛っ!」
「大丈夫か?」
「ごめん。左手、痛めてるんだ」
懐中電灯を照らし、一紗の手首を見る暁彦。少しだけ顔をしかめると左手から手を離し作業を進める。
 さほど時間がかからずに、縄が切られ、床に落ちた。
「…あれ?」
縛めから解放された一紗だが、うまく立てずにその場にへたりこんでしまう。
「立てないのか?」
「う、うん。力が入らない。頭もクラクラするし」
手すりにつかまりどうにか立とうとする一紗だが、動きも口調も弱々しい。
「…仕方ない」
暁彦はため息をつくと、一紗に背を向けてひざをつく。
「乗れ」
「え?」
「立てないんだろ?」
背負ってくれるつもりなのだろうか。暁彦の気遣いに、しかし一紗は躊躇してしまう。
「私…重いよ」
「大丈夫だ。早く乗れ」
申し訳なさと照れくささはあるが、動けないのも事実。
「あ、ありがとう」
一紗は暁彦の好意に甘えることにした。
「…う…」
暁彦の口から漏れるうめき声。
(あうう。ごめんねごめんねごめんね)
標準体重より重い一紗は、心の中でめいいっぱい謝った。
「そろそろ行けそうか?」
李京が二人に声をかける。明らかに自分より大きい体格のサングラス男を軽々と担いでいる。
「はい。李京さんこそ大丈夫ですか?」
「こんくらい屁でもねえ。こいつが、どんくらいの情報をつかんでいるかはわからねーけどな」
女子高生を背負っている暁彦を楽しそうに眺める李京。
「じゃあ、そろそろ行こうぜ」
「はい」
暁彦と李京はそれぞれ人間を背負い、薄暗い部屋を出て行った。


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