先ほどとは別の場所、地下の奥の頑丈な扉がある部屋へ連れてこられた。灯りは男が持っている懐中電灯だけなので何の部屋かはよくわからない。
 男は一紗を部屋に押し込め、一番奥にある壁にはまっている手すりに持ってきたロープを絡めながら一紗の手首に巻き付けていく。一紗も脅しが利いたのか、抵抗せずになすがままになっている。
「……ねえ」
「何だ?」
縛られながら一紗が男に声をかける。恐怖のためか声が震えている。
「日下部くんが来たら、本当に私を解放してくれるの?」
「ああ。おまえがおとなしくしていればな」
「日下部くんを、どうするつもりなの?」
「おまえには関係ない。これ以上しゃべると殺すぞ」
男は、一紗が痛めている左手首のロープを力を入れて巻き付ける。痛みで一紗が悲鳴をあげた。
「せいぜい日下部が来るのを祈っているんだな」
しっかりとロープを固定したサングラス男は、無表情のまま一紗に言う。
 しかし男の言葉を聞いたとたん、一紗の目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「お、おい。何で泣くんだ?」
「…来ないよ。来るわけないよ」
独り言のように一紗がつぶやく。顔はゆがみ、涙があとからあとからこぼれ落ちる。
「日下部くん、私に何が起こっても無視するって言ってたもの。彼にちょっかい出してつきまとってばかりの迷惑ものを助けに来るわけないじゃん。来るわけないよ。来ないよ。来ないでよ」
「な、泣くな! 泣くんじゃねえ!死にてえのか!?」
「死にたくないよ! でも、でも…」
下に向けた顔を勢いよく上げ、まっすぐに男を見る。
「日下部くんを犠牲にしてまで助かりたくない!!」
ほとんど悲鳴に近い声で叫ぶ一紗。足は震え、涙と汚れで顔はグシャグシャだが、男を見る瞳には強い意志が宿っている。
「このガキが!」
男はピストルを一紗の顔に突きつける。一紗から血の気が引く。しかし、少女は男から視線を離さない。
(恐い。死にたくない。だけど…)
震えていることを自覚するが、それでも一紗は目をそらさない。
「本当は恐いんだろう? 日下部に来てほしいって願っているんだろう? 正直に言えば助かるんだぜ」
「嫌だ。絶対に言わない。言うもんか!」
男をにらみつけたままキッパリと一紗は言い放った。
「あ、そう」
男は引き金に手をかける。
「じゃあ、今すぐに死ぬんだな。
 冥土のみやげに教えてやるよ。俺は、最初からあんたを生かして帰す気はなかった。顔を見られているからな」
男の告白にも一紗に変化はない。言うことを真に受けていたらさらに愚かだったと思っただけである。
 引き金にかかる指がゆっくりと動く。
(父ちゃん、母ちゃん、二葉、真奈美…日下部くん。ごめん。さよなら!)
頭の中に次々と思い浮かぶ家族と友人たち。

 暗く冷たい部屋で死を覚悟した。


←前へ 次へ→