暁彦の言葉を思い知らされる機会は、わりとすぐにおとずれた。


 放課後。自宅に最寄りのバス停で降りた一紗は、一人の男性に声をかけられた。
 オールバックの髪に黒縁眼鏡、スーツを着て脇にはビジネスバッグを抱え、手にはインターネットで検索したであろう地図を持っている。歳は40代前半くらいだろうか。銀行かどこかのビジネスマンに見える。
「すいません。あけぼの商店街にはどう行ったらいいでしょうか?」
「あけぼの商店街ですか?」
「はい。商店街にある『小宮山ビル』に行きたいんです。1階にムーンバッキーカフェがあるビルとの事なんですけど」
「ああ、そこならわかります。ここからだと少し遠いですが。今はここにいるので…」
男性が持っている地図を使って現在地とだいたいの目的地を説明する。
「助かりました。いやあ本当に助かりました、ありがとうございます」
「たまたま知ってた場所だったので」
「ところでお嬢さん」
ひとしきりお礼をした後、男性が話を振る。
「はい?」

「日下部暁彦ってご存知ですか?」

 見知らぬ男から出た、暁彦の名前。
「……え?」
男に対する警戒心が一気に高まる。
「し、知りません!」
一紗はあわててその場から逃げようとするが。
「…がっ…!」
腹部に、響くような重い激痛。
「あなたと日下部暁彦が会話しているところを見ていたんですけどね」
急速に薄れていく意識の中で、男がそう言ったような気が一紗にはした。


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