授業とHRが終わり、一紗は一人帰路についていた。少し先にボサボサ頭の少年が早足で歩いている。
「日下部くんだ」
名前を言ってから昼間に友人にからかわれた言葉を思い出す。
「別にその気はないってのに…」
つぶやきながらほおを赤らめる一紗。好きだの何だのと言われたためつい意識してしまう。
「そんなんじゃねえ! ただのクラスメイトだっ!」
ブンブンと思い切り頭を振ってから小走りで暁彦に近づき「また明日ね」と声をかける。返事を期待せずそのまま立ち去ろうとするが。
「おい」
意外にも暁彦は一紗に声をかけてきた。
「…え?」
クラスメイトを見る暁彦は無表情。なにを考えているかわからない怖さはあるが、朝の脅しに比べればずっと普通に見える。
「あ、えと、なに?」
「これ以上俺に関わるな」
無表情のままキッパリと暁彦は言い放つ。
「へ?」
「俺の知り合いだと思われると厄介な事に巻きこまれる。悪い事は言わない。もう俺に話しかけるな」
表情は読み取りにくいが、少なくともふざけて言っているわけではないようだ。一紗の返事を聞く前に暁彦はさっさと歩き始める。
「ねえ、待ってよ」
驚きで反応が遅れた一紗は家の角を曲がった暁彦を急いで追いかけた。

 しかし角を曲がったとたん、暁彦の姿が見えなくなった。

「あれ?」
車2台がやっとすれ違える道路は片側が交差点も隙間もない家の塀で、もう片側には畑が広がっている。少なくとも一紗の見える範囲に暁彦が隠れる場所はない。
「どこ行ったんだ?」
あたりを見回し暁彦を捜すがどこにも見あたらない。
「卑怯者! 隠れてないで出てこーい!」
 キョロキョロする少女の7・8メートル後ろ。交差点から彼女を眺めている人物は、捜し人のはずの暁彦である。
「簡単に引っかかったな」
無表情とは裏腹に口調は少しだけ意外そうなニュアンスを含んでいる。
「どうやらあいつらの仲間ではなさそうだな」
あさっての方を見て「出てこいよー!」と叫んでいる一紗に背を向け、暁彦は歩き出す。
「…変わった奴だな…」
歩きながら暁彦はポツリとつぶやいた。


「おっはよー!」
 翌日の朝、相変わらず教室から窓の外を見ている暁彦に一紗は元気よくあいさつをする。いつも通り暁彦からの返事はないが心持ち顔が引きつっている。
「おはようおはようおはようーっ」
わざと聞こえるように、目の前で連呼する一紗。
「おはよう、日下部くん」
「……」
「いつも何を見てるの?」
「……」
「本日も晴天なり晴天なり」
「……」
「誰も電話に出んわ」
「……」
「返事してよ、あっちゃん」
「……あっちゃんはやめろ」
根負けしたのかあっちゃんが嫌だったのか、ようやく暁彦が返事をした。
「あっちゃんと呼ぶと返事をするのか。今度からそう呼ぶか」
「やめろ」
振り向き思い切りにらみつける暁彦。予想した反応なのか、一紗は物怖じせず涼しい顔で受け流す。
「昨日の話を聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ。日下部くんに関わるなって」
「だったら、俺に話しかけるな」
さらに暁彦の表情が険しくなる。
「そんな事言われても」
さすがに一紗もこわばるが負けじとにらみ返す。
「理由もわからず『俺に関わるな』って言われて納得するわけないじゃん」
「納得する必要はない。とにかく関わるな」
「だから何でだよ」
「何でもだ。下手に俺に関わると厄介な事に巻きこまれるぞ」
「厄介事って?」
「とにかく!」
一紗の言葉を遮るように声を荒げて暁彦が怒鳴る。
「話しかけるな、かまうな、関わるな! きさまに何が起こっても、俺は無視するからな」
言うだけ言うと、暁彦は再び横を向き窓の外に視線を移した。これ以上何を言ってもムダだと判断した一紗はおとなしく自分の席に戻る事にした。

「もーりちゃんっ」
 ポン。と肩に手が置かれ、少し高めのかわいらしい声で名前を呼ばれる。
「日下部くんに振られた?」
「だからなーマナ」
あきれた表情を浮かべながら、一紗は後ろにやってきた真奈美に返事をする。
「振られたとか以前に、特別な感情とか持ってないから」
「またまたーっ。気がなきゃしつこく話しかけないでしょ?」
「真奈美こそしつこいなあ。私はただ…彼が入っていった大きな家が気になっているだけだよ」
「まあ気になるわよね。玉の輿になれるかもしれないしー」
真奈美は男女が惚れたはれたの話になると、とたんに食いついて離れなくなる。口が達者な真奈美と言い合いをして勝てるわけがない。弁明が面倒になったので放っておく事にした。
「んもう。つれないわね。応援するのにー」
つまらなそうにしている真奈美を無視し、一紗は横目で暁彦を見る。
(それにしても)
柔らかい太陽に照らされた整った顔を見ながら一紗は思う。
(厄介事に巻きこまれるとか、何があっても俺は無視するとか。一体、日下部くんは何者なんだろう)
 暁彦の言葉を思い出しながらそんな事を考えた。


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