『例えばこんな与太話』



 あ、来た来た。こっちこっち。
 ううん、待ってないよ。ああ、時間は30分以上経ってるけど、レポート書いてたからね。顔も性格も良くておまけに優秀であっさりとレポートを提出して優をかっさらうあんたとは違うからさ。
 ごめん、気ぃ悪くした?悪気はなかったんだけど。まあ今言ったことはゼミの女子学生の間で噂になってるわよ。こんな所で二人っきりで会っていたなんて他の人が知ったら、きっと嫉妬されちゃうわ。だからそんなに顔をしかめないでよ。せっかくの男前が台無しよ。
 早速本題?その前に何か頼んだら?お、ちょうどいいわ、えっと…あんたはコーヒーね、あとダージリン追加でよろしく。
 本題いっていいかって?せっかちねえ。で、何の話?

 君はヤシャオウを知ってるはず?

 うわ!ごめん!顔とか服に水かかってない!?すいませーん、おしぼりもらえますか。水こぼしちゃったんで。
 つうかなんであんたがそんなことを知ってんのよ。どこで調べたの?企業秘密?なんじゃそりゃ。
 …うう、マジな目で見つめないでよ。ヤシャオウって夜叉の王でしょ。言っとくけど、彼のことはほとんど何も知らないよ。知ってることだけでいいって言ってもねえ、できれば話したくないんだけど。いい思い出なんて一つもないからさ。
 そういうんじゃなくてね、なんつうか、あたしがすっごい嫌な奴なのよ。え?軽蔑しないから話を聞きたい?…まあそこまで言うんなら話すけど…そのかわり、ここは全部あなたのおごりね。
 オッケー、商談成立。念のために言っとくけど、これから話すことは荒唐無稽で信じられないような出来事オンパレードよ。話してる途中で笑ったりバカにするのは無しだからね。
 作り話と言うにも、すっごく下らない与太話。


********************


 何年前かな。あたしが高校生の頃。
 そのころ、付き合ってる彼がいてさ。最初は同じクラスで席が近くて何となく話してただけだったんだけど、内気で引っ込み思案ででも優しくて、そういうところに惹かれた時に、彼から告白されてオッケーしたの。
 その日は付き合い始めてちょうど一年目。うん、高校生で一年も保ったって今でも思うよ。その日は記念日だから遊園地に行こうって話をしていて、待ち合わせをしていたの。
 あたしが時間ギリギリにやってきて、いざ遊園地に出発って時に。
 いきなり黒服の男があたし達を囲んだんだ。
 ほらあれなんだっけ、劇とかの後ろで全身黒づくめで背景でなんかやってる…そうそう、黒子。あんな服を着ていた奴が確か…五人、うん、五人で取り囲んでさ。ていうか、区画整理されて新しい店が並ぶ中に、黒子だよ。おかしくね?て思ったね。
「きさまが今度の夜叉王か」
黒子の一人がそんなことを言ってた。あたしはもちろん、彼も呆然としてたね。夜叉王ってなんだよ。テレビの企画だとしてもチープすぎると思ったら、別の黒子がいきなりあたしの腕をつかんだ。
「魔刀使いの一族として目覚めていないか。早く覚醒せよ。でなければこいつの命はないぞ」
黒子が言ったら、突然苦しくなった。男だと思うけど、そいつには腕しか捕まれていないのに、全身が締めつけられたように苦しかった。力を振り絞って自分の体を見たら、あたしの体を何本もの白く光る輪っかが締めつけていたの。
 何なのよ!と思ったら、いきなり彼が叫びだした。叫んだとたん、彼の手に真っ黒に輝く日本刀が握りしめられていた。真っ黒なのに輝くって変な表現だけど、その時のあたしには、そうとしか見えなかった。もちろん黒子が現れる前はそんなモン持ってなかったし。
「とうとう目覚めたか、夜叉王よ」
確か黒子がそんなこと言ってた。彼はあたしの後ろにいる黒子めがけて、刀を振り上げた。でもすぐに彼は吹っ飛んでしまった。あたしは彼の名前を叫んだけど、声が出なかった。喉も締めつけられてたのか、全然声が出なかったんだ。
「まだ完全には目覚めていないようだな。こいつは我々が預かる。取り返しに来るがいいだろう。完全に魔刀の力を目覚めさせれば、たやすいはずだ」
言葉は違うかもだけど、ニュアンスはこんな感じ。黒子の言葉と共に、周りの景色がゆがむ。立ちくらみと思ったら、体に衝撃が走った。
「なっ!?」
ゆがんだ景色は戻り、あたしは黒子の手から離れて自由を得た。

 彼とあたしの間に、一人の少女が立っていた。

 大正時代の女学生のような格好をした、あたしと同じくらいの少女。腰まである濃い青い髪の毛…本当だってば、本当に青かったのよ…をなびかせた女の子は、日本人形のようにかわいらしい整った顔立ちをしていた。無表情なところまで人形みたいだ。手に持つ白く光る長刀が似合っていた。
「夜叉王は渡さない」
「きさまは、星月夜の巫女…!」
凛とした少女の声が響き、黒子二人が少女に躍りかかる。けど、少女は難なく黒子を斬りつける。
 しかし、一瞬の隙だけで十分だったのだろう。
 あたしは再び別の黒子に腕を掴まれた。今度は締めつけられる苦痛はなかったけど、さっきのように景色がゆがむ。
「なっ…待ちなさい!」
少女が叫ぶ。彼もあたしの名前を呼ぶ。だけど景色はどんどんゆがんで渦巻きになって声も遠くなって、そのまま意識もなくなった。


 目を覚ますと、どこかの部屋にいた。体は自由に動くし、手足も縛られていないし、外傷も無し。
 あたりを見回すと、部屋は六畳間くらい。板張りの床で壁は漆喰…だったのかなあ…で白く塗られている。窓はなく。部屋の隅に和風のランプが置いてある。
 おかしいところがあるとすれば、年期が経って重厚に光っている床にはよくわからない模様が描かれ、壁には至る所に模様と文字が書いてある紙が貼られている。お札に見えたけどよくわからない。特に、二つある扉の一つには厳重にお札が貼ってある。
 仕掛けがない方の引き戸を引くと、お手洗いが現れた。和風の家で部屋の隣にトイレがあるって珍しいと思ったけど、窓もないし、ここの壁にもたくさんお札が貼ってある。
 もう一つの、厳重にお札が貼られている扉に手をかける。青白い光を放ち、手に衝撃が走る。バチンという音が聞こえそうだけど、実際には音はしないし、手に火傷の跡もない。ただ、触れることができない。
 つまり、あたしはこの部屋から出ることができない。閉じこめられたわけだ。
 ついでに言うと、あたしは生まれてからこの時まで、音も出ない火傷もしない光に阻まれ、物体に触ることができないっていう経験はしたことがない。もちろん、これ以降もこんな経験はない。
 あたしは、なぜこんな状況に陥ったかを考えてみた。が、考えてもやっぱりわからない。そもそも、常識ではわからないことだらけなんだもん。
 それでもやることがない。だから考える。考えてもわからない。まさに堂々巡り。


 窓も時計もないから、食事と睡眠の回数で数えていたんだけど、その換算で約二日経ったくらいかな。
 お父さんとお母さんは心配してるだろうな。捜索願を出されてるかな。けど警察は見つけられないだろうな。そもそも助かったときになんて説明しよう。なーんてあの時は考えていた。
 やることがないから、あたしが連れ去られたであろう時の状況を振り返ってみた。
 彼が握っていた黒く光る日本刀。あれが魔刀みたい。少なくとも、彼が虚空から刀を出す特技があったとは、それまで全然知らなかった。そんでもって、黒い刀を持っている彼は「夜叉王」という存在らしい。
 そして、袴をはいた美少女。彼女は躊躇なく黒子を斬りつけていた。
 ストレッチをしたり腹筋や背筋を鍛えながら考えていたけど、この頃には「早く家に帰りたい」としか思えなくなっていたなあ。


********************


 ちょっとお、ここでどうして笑うのよ。
 この状況でよくストレッチができるなって?だって、本当にやることがないんだもん。テレビも電話もネットもなくて、部屋から出られないし、食事を運ぶとき以外は誰も来ないんだよ。気が狂いそうになるよ。これ以上笑うなら、もう話さないよ。
 そんなに平謝りしなくていいよ。わかったから頭をあげて。話すよ話しますよ話せばいいんでしょ。


********************


 いい加減にしろ!って思ったとき、いきなり部屋の入り口に青白い光が走った。青い光は扉のお札を斬り、お札は黒く焼けて霧散した。
 引き戸が勢いよく開いた。開いた扉の先には、黒い日本刀を持った彼氏と、袴姿の青い髪の少女。
「大丈夫!?」
彼は呆然と座っているあたしの元に来て、手を取って立たせてくれた。
「ごめん。僕が魔剣使いとして、夢使いと戦わなければいけない運命ばかりに、君を巻き込んでしまって…」
彼が、物語ががった変な単語を羅列する。あたしが頭上にハテナマークを浮かべていると、少女が抑揚なく言った。
「彼は選ばれた者、夜叉王の生まれ変わり。そして私は星月夜の巫女。夜叉王を守護する者」
星月夜の巫女とかいう少女は彼に向いて「帰りましょう、夜叉王」と言った。彼は小さく、けどはっきりとうなずく。
 あれ、なんかおかしくね?ってあたしは思ったね。だって、あたしが連れ去られる前と後で、彼が何か違うんだもん。たくましさ…ううん、あきらめが混ざった、悟りを開いたような瞳。彼はそんな目をしていた。
 運命ってやつが、彼を変えたのかな。
 あたしは必死に自分の気持ちを隠した。そして彼に手を引かれて帰った。


********************


 って、ものっそい真剣に聞いてない?
 続き?…えっと…これからの話はあたしが本当に嫌な奴だから、できれば話したくないんだけどなあ…。
 まあ確かに、さっき軽蔑しないっていったけどさあ、笑ったじゃん。笑った理由は話の内容じゃなくてあたしの図太さであることは認めるけど。それって女性のほめ言葉としては間違ってるよ。
 いやそんなに必死にお願いされると逆に困るんだけど。わかったよ、続きね。
 わざと大きくため息をついてから、あたしは続きを話した。


********************


 どんな情報操作をしたかわかんないんだけど、あたしは旅行に行ったことになっていた。両親と姉さんは普通に「お帰り」「楽しかった?」と聞いてきただけ。あたしが狐につままれた気分になったわよ。
 しっくりしないまま、翌日あたしは学校に行った。駅で彼に会ったけど、どこかギクシャクしてしまう。彼は「遊園地に行けなくてごめんね」と言ってくれた。
 夜叉王とか魔刀使いのことなどは、二人とも一切話さなかった。


 それだけで終わったらって、今でも思う。でも、終わらなかった。
 朝一、担任が入ってきて、転校生を紹介するって言ったの。予想がつくでしょ。

 教室に入ってきたのは、青い髪の少女。

 人形のように整った顔立ちに青い髪、でもって紺色のブレザーの中では目立つ真っ白なセーラー服。一気に教室は騒然としたね。彼とあたしだけが目を丸くする中、美少女は関心なさそうに遠くを見ていた。

 休み時間になって、クラスメイトがこぞって彼女の周りにやってきた。色々質問をしたけど、彼女、全然話さなくてさ。クラスメイト達が戸惑ったり怒り出したりして、最後には誰もかまわなくなった。
 彼は見かねたんでしょうね。少女のところにやってきて、少し諭したの。でも彼女は「おまえを守れればいい」と言っただけ。それでまた教室は騒然としたね。だって、彼とあたし、クラス公認の仲だったもん。彼女と、あたしの彼氏に非難ごうごう。
 たまりかねたのか、青い髪の少女はガタンと立ち上がった。
「本当はこんな場所になどいたくはないが、私は夜叉王を守る宿命にある。何があっても彼の側にいて、夢魔から、夢使いから守らなければならない」
真剣なまなざしで言ったわ。クラスが静まる中、彼だけは青ざめて、彼女の手を取って大あわてで教室を出て行ってしまった。
「なんなの、あいつ?」
クラスメイトが聞いてきたけど、あたしは首を横に振った。
 あたしが一番聞きたかったんだよね、その答え。


 それからしばらくは、彼女は「夜叉王を守る」と言って、片時も彼から離れようとしなかった。毎回側にいるワケじゃないけど、絶対に視界の範囲内にいるの。
 彼は「僕も困っている」って言ってたけど、あたしだって困ったわ。デートもできないし、他の女、しかも美少女がつきまとっている。すごくイライラした。彼とのケンカも多くなった。

 あたし、一度だけイライラしまくって、彼女の怒鳴りつけたことがある。「あなたはいつでもどこでも彼に張り付いてなきゃいけないの?いい加減あたしたちにかまわないで」って。そしたらなんて言ったと思う?

「そういうわけにはいかない。私は夜叉王を守る宿命にある。そして夜叉王と星月夜の巫女は、結ばれる運命にある」

 つまり、あたしの彼氏とあの女は結ばれる運命にあるって言ったのよ。ものっすごい頭に来て、あたしは彼女を平手でぶってしまった。彼女は頬を真っ赤に腫らしながらも「この宿命は変えられない、あきらめろ」って言ったの。
 さらにカーッとなってもう一度手を上げたけど、彼女はあっさりと避けてあたしの手をつかんで床に押しつけた。痛くて悔しくて涙が出てきた。
 彼が「放してあげて」って言ったと思う。彼女はあっさり聞き入れて、あたしを放した。めげずにあたしは青い髪の少女を睨んで、言ったわ。
「宿命とか運命って言うけど、今のあなたの気持ちはどうなの?宿命に振り回されているだけじゃない。そんなんで本当に結ばれるわけないでしょ」ってね。
 次の瞬間、頬に衝撃が来た。口の中に苦い味が広がる。ビンタされたって気づいたあたしは、また彼女を睨んだ。
 青い髪の少女は、戸惑っていた。そのまま逃げ出してしまったの。
 あたしはちょっとだけ罪悪感を抱きながらも、スッキリした。だって、宿命だの運命だのって言葉を持ち出して物事を決めるなんて、ずるいと思わない?

 でも彼は、あたしを一瞥した後、青い髪の少女を追いかけていってしまった。

 あたしは止めたよ。だけど彼は聞く耳を持たないで行ってしまった。必死の横顔は、心の底から彼女を心配していた。
 しばらく二人が居なくなった方向を見ていたけど、やがてあたしはのろのろと反対方向に歩き出した。
 ものすごく惨めな気持ちを抱いて、ね。


********************


 ひょっとしてあたし同情されてる?今同情されてもなあ。だったらケーキ頼んでいい?やったあ、ゴチですっ。
 続き?待ってよ、ケーキを選んでからね。ウェイトレスさん、洋なしのタルト一つ。へえ、さっきの紅茶とセットになるんだ。良かったね、お金少し浮いたよ。

 …わかってるよ、続きでしょ、続き。どこまで話したっけ…ああ、彼が青髪の少女を追っかけたところだね。
 その後は…そうだ。

 あたし、自分の彼氏を殺そうとしたの。

 信じられないって顔をしたね。でも本当だよ。彼氏とかあいつとかは色々言ってくれたけど、あのときの感情は、今でも忘れない。

 どす黒い、殺意ってやつ。


********************


 青い髪の少女を叩いた夜。制服姿のままで布団に潜った。親の呼ぶ声も、彼氏からの着信も無視した。
 どのくらいの時間が経ったのか。人の気配を感じたの。最初、母さんか姉さんだって思ったけど、すぐにドアが開く音が聞こえなかったって気づいた。次に強盗かもって思って恐くなった。でも窓が開く音も聞こえなかった。その事実に気づいて、あたしはますます怖くなった。
「夜叉王の彼氏を名乗っているのは、お前か?」
くぐもった声が聞こえた。
 夜叉王。って聞いて、怒りが沸々とわき出す。怖いって感情が吹き飛んだあたしは、布団をはねのけ、相手がいるであろう方向を睨んだ。
 最初、誰がいるのかよくわからなかったけど、程なく黒子とわかり、恐怖心がよみがえる。だって、あたしを閉じこめたのは黒子だったのよ。
「今日はお前に危害を加えに来たわけじゃない」
黒子は静かに言った。でも、あたしはすぐに信じられなかった。黒子もそのことに気づいたのだろう、優しくすらある声で言った。

 星月夜の巫女が憎くないか。と。

 言われたとたん、あたしはとっさに「憎い」って思った。今考えると、見えないはずの黒子の目が青く光っていた気がするけど、ちゃんと覚えていない。
「星月夜の巫女がやってきたことにより、お前の相手は魔刀を使う夜叉王として目覚めた」
低い声の男に、あたしは、星月夜の巫女がいなくなれば彼は戻るの?と聞いた。
 しかし黒子は首を横に振る。
「もはや魔刀使いの心は星月夜の巫女のもの。巫女がいなくなれば、それこそ魔刀使いの心に永遠に残るであろう。
 夜叉王を自分のものにする手段はただ一つ。夜叉王を亡き者にすることだ。そうすれば、お前の中に彼は永遠に残る」


********************


 おかしいでしょ、この理屈。考えれば考えるほど、絶対におかしいの。だって、相手がいなくなったらそれまでじゃない。忘れなくても、彼と話をしたり姿を見たりする機会は永遠に失われるのよ。
 だけど、あたしは黒子の話を信じてしまった。彼も青い髪の女の子も「夢魔の呪術のせいだ」って言ってたけど、あれは。

 あたしの感情。
 あたしの思い。


********************


 黒子の言葉にうなずくと、あたしの体が青白い光に包まれた。光は一つにまとまり、胸に吸い込まれる。
「これは夢魔の力。夢使い一族の力を貸してやろう。お前が願えば、夜叉王を消すことはたやすい。奴がいなくなれば、お前の願いは叶うのだ」
黒子の言葉は、乾いた土にしみこむ水のように、あたしの心にしみこんだ。

 気がつくと、黒子はいなくなっていた。時計を見ると、間もなく日付が変わる頃。
 あたしは真っ暗な部屋の隅にある、着信を知らせるランプが光った携帯電話を手に取った。


 夜の高校。自転車でやってきたあたしは、校門を乗り越えて校庭の真ん中に立っていた。
 自転車のライトが見えた直後にブレーキの音。やはり校門を乗り越えて、誰かがやってきた。
「どうしたの?こんな夜中に学校に呼び出して」
不思議そうに彼は言う。見えないけど、少し幼いおとなしい顔の彼は、きっと眉をハの字にしているだろう。

 もうすぐ、彼はあたしのものになる。考えるだけでゾクゾクした。

 あたしは彼に向かって手を伸ばす。開いた掌に現れたのは、青白い光。
「なっ…」
驚いた彼の顔が、青白く照らし出されてる。ああ、心地いい。
 そのまま光を彼に向かって打ち出した。でも、彼は逃げない。
「出でよ、夜叉刀!」
凛とした声で彼が言うと、闇夜よりさらに闇色に輝く日本刀が現れた。夜叉刀と呼ばれた漆黒の日本刀は、あっさりと青白い光を斬ってしまう。
「ど、どうして…」
刀の動きとは裏腹に、彼の声にとまどいが混ざっている。
 何で抵抗するの?どうして、あたしのものになってくれないの?きっと星月夜の巫女のせいだ。彼女が邪魔をしているんだ。
 彼女が、彼が憎くて憎くて仕方なくなった。絶対に殺さなきゃ。って思った。
 あたしはたくさんの光を出し、次々に彼に放つ。彼は一つ残らず光を避け、あるいは斬っていく。
 どうして避けるの?どうして斬るの?あいつがあいつがあいつが…!

「やめて!」

 あたしたちの間に、少女の声が割って入った。
 白い光を放つ長刀を持った、振袖袴の美少女。白い光が、青い髪の毛を鮮やかに映し出している。
「なぜあなたが夜叉王を攻撃するの?」
うるさいうるさいうるさい!
 あたしは少女に青白い光の球を放った。彼女はあっさり避ける。そしてあたしに向かって長刀を振り上げる。特大の光を出して長刀を防ごうとするが、星月夜の巫女は、それすらも斬ってしまう。
 圧倒的だった。何もできずに青髪の少女に押されていく。
 長刀の切っ先が、あたしの目の前に迫る。
「やめてくれ!」
 長刀が止まる。漆黒の日本刀で、彼が長刀を受け止めていた。
「夜叉王…どうして…」
「彼女は悪くない。きっと誰かに操られているんだ」
必死に叫ぶ彼。
 あたしはこの言葉を聞いて、血液が逆流する感覚に陥った。

 違う、これはあたしの意思。誰にも操られてなんかない。

「目を覚ましてくれ!君はそんな人じゃなかったはずだ!」

 黒子の言うとおりだ。彼はわかってない。殺さない限りは、彼は目が覚めない。あたしのものにならない。

 彼をめがけて、あたしはもう一度力を振り絞って特大の青白い光を放った。
 光ははじけた。まぶしくて、あたしですら目をつぶった。ドサリと誰かが倒れる音がした。
 もう彼はあたしものもの。星月夜の巫女になんてあげない。

 光が収まり、徐々に目が慣れていく。が、目の前の光景に思わず立ち止まった。
 立っていたのは、黒い日本刀を握った少年。

 倒れていたのは、星月夜の巫女だった。

「なぜ…」
呆然と彼がつぶやく。わずかに青髪の少女が身じろいだ。
「あなたを守るのが、私の宿命」
また、あたしの頭に血が上る。ならば二人とも葬ってやろうと手をかざしたとき、巫女がギュッと彼の手を握った。

「違う…あなたが…死ぬところを見たくなかった…」
苦しそうな少女の言葉を聞いたとき、あたしの心に別の感情が芽生えた。

 どうして、あたし、彼を、殺そうとしたの?

 ゆっくりと星月夜の巫女があたしに振り向く。
「あなた、言ったわよね。『今のあなたの気持ちはどうなの?』って」
声にならない声をあたしは漏らす。何か言いたいけどうまく答えられない。
「あなたに言われて、私、ずっと考えた。生まれてから私は夜叉王を守る存在。夜叉王が運命の相手と教えられて育った。あなたに言われるまで、そのことに全く疑問を抱かなかった」
「……」
「考えてわからなくなったの、自分の気持ちが。でも、今わかった。
 私、夜叉王を失いたくない。ううん、夜叉王が夜叉王でなくても、私は彼の側にいたい。
 あなたも、同じ気持ちじゃなかったの?」
そうよ。あたしも、彼の側にいたかった。でもね、本当はわかってたの。

 彼が見ているのは、青い髪の少女だって。

 涙がにじんで、頬が濡れる。
 認めたくなかった。彼の心は青髪の少女が占めていて、あたしはもういないって。
 あなたが好きだったから。一年も一緒にいて、楽しかったし暖かかったし、手放したくなかったの。
 彼があたしの名前を呼んだ。あたしは背中を向けた。
「あなたが気にするのは、あたしじゃないでしょ」
強がっているのはわかってる。でも強がらせてよ。
 戸惑う気配。あたしは気づかないふりをして歩き出す。もう、終わったんだ。もう。
 涙が伝う。胸が締めつけられる。

 息ができないくらい、胸が締めつけられた。

 突然の苦痛に、あたしは膝をついてしまう。胸ぐらをつかむが、さらに苦しくなる。酸素を求めて口がパクパク動く。
「使えない奴だ」
頭の中で、男の声が響く。自分の部屋で聞いた、低い男の声。
「二人を…せめて夜叉王を殺してくれればいいものを。お前はもう用なしだ」
耐えきれないくらいの胸の痛み。苦痛のあまり、あたしは倒れてしまう。
 ああ、死ぬんだ。ここで死ぬんだ。二人を殺そうとした報いなんだ。でも、もういいや。だってあたしはいらないんだもん。
 痛みの片隅で、少女の声が聞こえて。

 次の瞬間、胸に衝撃が走った。

 青白い光が、あたしの体からはじけ飛ぶ。
 苦痛が消え、光がキラキラと星のようにきらめき、消えた。


********************


 あたしが覚えているのはここまでよ。この話はここで終わり。
 ん?この後どうなったかって?
 目が覚めたら、布団の中だった。制服のままでね。ブレザーとスカートが汚れていた気がするけど、きっと気のせい。
 そうよ、夢オチよ、夢オチ。
 彼?ああ、彼とはどうなったって事?そんなの、翌日に振ったに決まってるでしょ。あの二人、両思いのくせにあたしに遠慮してるんだもん。しびれをきらして、あたしから三行半を突きつけてやったわ。ざまあみろっての。
 そういえば、二人が色々言ってたな。「君は操られていた」とか「夢魔の呪術にかかったから、彼に手を出した」とか。
 だけどそんな戯言聞かなかった。操られたにしろ何にしろ、あの時に夜叉王と星月夜の巫女に抱いた殺意は、今でも覚えてるもの。青髪の少女がポツリと漏らした「あなたにそういう感情があったから、つけ込まれたのよ」って言葉だけが、その通りかもって思った。
 二人に悪かったって思ったかなあ。忘れちゃった。嘘じゃないわ、本当よ。そのあたりのことは全っ然覚えてないの。
 あたしにとって、彼らは過去の人になっちゃったのかもしれないね。許すとか許さないとか罪悪感とか、ピンとこないの。冷たい気がするけど、事実なんだもん。

 それにしてもあんた、よくこんな変な話を真剣に聞くわね。頭、大丈夫?確かに、おかしな奴だって思わないでとは言ったけどさあ。あんたが何考えてるかさっぱりわかんないわ。
 ま、ともかく「夜叉王」につて知ってるのはそれだけ。ね、なーんも知らないでしょ。
 へ?参考になった?今の話で?マジで?

 …は?もう一度言って。やっぱ聞き間違いじゃないわね。
「僕らは代々、星月夜の巫女をめぐって魔刀使いと争っている、夢魔を操る夢使いの一族」って言ったよね。あんた、あたしの話に感化されてない?責任は取らないわよ。決心?何の決心よ。
 一族から離れる決心?どうしてそうなんのよ。
 よくわからない星月夜の巫女を愛せるわけないって言い分は、なんとなーくわかるけどさ。それがどうして一族から離れる決心に繋がんのよ。
 ちょ、どうしてあたしの手を握るのよ。みんな見てるじゃない。

 …愛してる?あたしを?

 ま、待ってよいきなり!何で愛の告白なのよ!ああもう恥ずかしい!帰る!手を放して!
 夜叉王と星月夜の巫女が結ばれるのは運命だけど、運命なんて言葉に頼っているに過ぎないなんて話しても、関係ないじゃない!
 え?どうしたの隣のおじさん。
 何で手が光ってるの!?
 それだけじゃない。他のお客さんもウェイトレスさんもマスターも、どうしてこっちを睨んでるの?
 大丈夫、僕が君を守るよ?冗談じゃないわよ!守ってくれなくていいから、あたしを巻き込むのはやめて!光をこっちに放たないで!透明なバリアで防がないで!

 もうこんなのコリゴリよっ!!


 なんて叫びつつも、あたしは心の隅で思う。
 夜叉王になった彼と星月夜の巫女が結ばれたのは、運命でも宿命でもなく、お互いがお互いを好きになったから。それだけよ。相手があたしじゃなかっただけ。そう思わなきゃやってらんない。
 とはいえ、魔刀使いとか夢使いって奴らに、二人はずっと「運命の相手」と言われ続けるだろう。お互いの気持ちなんて関係なくね。
 だとしたら、さ。

 運命に逆らうって夢使いの彼の言葉に乗っかって「ざまあみろ」って二人を笑うのも、面白いかもしれないわね。このくらいの逆恨みは許してもらいましょ。

 光とか刀とか爆発とかが炸裂する中で、あたしはそんなことを考えた。



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