胸の中のダウジング(ライバルサイド)


「セイジさんですよね? サイン下さい!」
 ヤマブキシティにあるトレーナーファンクラブの前を通りかかった時、数人の女性に声をかけられた。俺より少し年下の女の子から、20代前半くらいまでの4・5人が俺を囲む。
 俺がポケモンチャンピオンになってから、ファンと称した人たちから、しばしば声をかけられるようになった。チャンピオンの座はもえぎに奪われたが、今でも声をかけてくる人は多い。
 女性が多いのは気のせいじゃないだろう。自慢になるかもしれないが、昔から女の子に声をかけられることは多かったから、それ自体は慣れている。
 俺は、お世辞にもうまいとは言えない字で、色紙やらノートやらにサインをしていく。
「ありがとーございます!」
「ヤマブキシティのジムリーダーに勝った時からファンなんです!」
「セイジさん、またチャンピオンの座を奪い返すんですよね?」
「ライバルは幼なじみの女の子でしたっけ? 彼女よりセイジさんが強いと、私たち確信してます!」
次々と話しかけてくる少女達。確信してもらうのは結構だが、ライバルでおさななじみのもえぎは本当に強い。俺が強くなる分だけ、あいつも強くなる。
 噂をすれば何とやら。視界の端に、白い帽子をかぶったダークブラウンの髪の毛の少女が映った。彼女がもえぎだ。
 取り囲む女性陣に気づかれないように、俺は舌打ちをする。
 実を言うと、柄にもなく、俺はもえぎに片思いなんてしている。何度か気持ちを打ち明けようとしたが、どうしても素直になれない自分と、予想をはるかに下回るもえぎの鈍さが相まって、今でも片思いという立場に甘んじている。
 もえぎはこちらをチラリと見ると、すぐにきびすを返して立ち去ってしまった。
 こういう場面を見られたのは初めてはないが、いつもと違い、あいつは顔をしかめている。機嫌が良くないらしい。
 女の子たちの話を聞き流しながら、あとで声をかけてみようと、俺は考えた。


 適当な言い訳をして女の子たちから離れると、俺はもえぎを探す。
 程なく、ヤマブキシティの端をトボトボ歩く幼なじみを発見した。
「なんだ。おめえも来てたのか」
さりげなく声をかけると、もえぎの体がビクリと動く。驚いたのだろう。
「なーにビックリしてんだよ。今夜は何を食べようかなとか考えてたのか?」
いつもの調子で話しかけると、もえぎは上半身をこちらへ向ける。少しムッとしているようだ。
「うるさいなあ。あたしだって色々悩みがあるんですー」
「あれか? もっと胸が大きければいいな。とか?」
「失礼ね! セイジこそ女の子に囲まれてて、まんざらでもなさそうだったじゃん?」
「べ…別にまんざらなんて…」
ギクリ。と俺の心臓が飛び跳ねる。適当に愛想を振りまいていた姿が、そんな風に見られていたなんて。
 だけど、心の焦りはすぐに引っ込め、いつもの表情を作る。
「あんなの、勝手に騒いでいるただのファンだ。だいたい、現チャンピオンであるもえぎの方が、ファンが多いだろう」
「セイジのファンも十分多そうだけど?」
「どうしたんだよ、さっきから突っかかって。ひょっとして妬いてる?」
からかい半分、かまかけ半分。俺は極力軽口で言ってみた。

 だが、俺の一言でもえぎの表情が豹変した。

 顔をしかめ、今にも怒り出しそうな、泣き出しそうな感じ。口は動くが声は出ず、手足を震わせている。
「おーい、何か言えよ。まさか図星なんて事はねえよな?」
 ちょっとマズったかも。と思ったが、心に反して、さらに軽口を叩いてしまう。
 とたんに、震えていたもえぎの手が動いた。腰に付いているモンスターボールを取り出すと、開閉スイッチを押す。中から出てきたのはカメックス。
 勢いよく顔を上げたもえぎは、ビシッと相手に指を差し、言い放った。
「勝負よセイジ!」
「はあ?」
わけわからん。なぜここで勝負になるんだ?
 かといって、申し込まれた勝負から逃げることはしない。相手のことをどう思おうと、俺ともえぎはライバルだから。
 俺はもう一度もえぎを見る。大きな目はつり上がり、怒っているらしい。が、同時に戸惑ってもいるようだ。どのみち、頭に血が上ってんな。
 俺はボールの一つを手にすると、ウィンディを出す。
「よくわかんねえが、勝負とあっちゃ負けねえぜ。バトルはシンプルに一対一。どっちかが倒れたら終わりってことでいいな」
「かまわないわ。でも、炎タイプを出してくるなんて、バカにしてんの?」
「バカにはしてねえさ。ハンデだよ、ハンデ」
なるべく軽口を叩く。もえぎはさらに怒るか、そろそろ気づいて冷静になるかのハズだ。
 もえぎに一瞬だけ赤みが増すが、すぐに元に戻る。しかし、瞳には相変わらず怒りと戸惑いが見えるあたり、冷静にはなりきれていないようだ。
 かといって遠慮はしない。ハンデは十分に与えたんだ。
「ウィンディ、こうそくいどう」
真っ先に、しかしこっそりとウィンディに命令する。
「カメたろう、ハイドロポンプ!」
予想通り、もえぎはハイドロポンプを出してきた。勝負は勝負。変にフェアな勝負をすることは、あいつはしない。
 だが、高速移動で素早さがぐーんと上がった俺のポケモンは、強力な水攻撃をあっさりと避ける。正直、ハイドロポンプなんて食らったら、ウィンディは一発でノックアウトだ。
「こうそくいどうね」
「その通り。カメックスの攻撃なんざ当たんねえよ」
「なら、避けにくい技を出すまでよ。なみの…」
「ほのおのうず」
さらに水攻撃を仕掛けようとするカメックスに、炎の渦を繰り出す。効果は今ひとつでも、これで相手の動きをしばらく封じることができる。
 しかし、今日のもえぎは、ただやみくもに攻撃しているだけ。いつもの強気だけど機転が利く攻撃とはほど遠い。
「どうしたんだ? いつもの手応えが全然ねえぞ」
再びもえぎを挑発するべく、小バカにした笑みを浮かべて、俺は言う。もえぎは悔しそうに俺を睨むが、カメックスは炎の渦から脱出できないでいる。
「来ねえなら、こっちからいくぜ。ウィンディ、じしん!」
ウィンディを起点に、地面が大きく揺れる。地震もカメックスには効果が今ひとつだけど、元の威力が大きいので、それなりの体力を奪ったはずだ。
 一方カメックスは、まだ炎の渦から出ることができず、少しずつ体力が削られていく。
「そろそろ決着をつけようか」
俺が命じると、ウィンディが体を縮める。
 この行動を、もえぎがどう捉えるか。いつものもえぎならあっさり見破るだろうが、今のあいつにそんな判断力が残っているかは疑問だ。
「カメたろう、まもり」
もえぎは攻撃ではなく、全ての技を避ける守りを命じた。
 俺は、心の中で舌打ちをする。やっぱり、いつものもえぎじゃねえ。
「え?」
ウィンディも攻撃をしない。俺が命じたのは「ぼうぎょ」だ。
 予想通りのタイミングで、カメックスを囲んでいる炎が消える。同時に守りを解き、カメックスが顔を出す。
 俺は、ニヤリと笑った。
「しまった!」
ようやく俺の狙いがわかったのだろう。だが、容赦はしない。
「ウィンディ、とっしん!」
ウィンディがカメたろうに一直線に突っ込む。素早さが上がったウィンディを、守りを解いたばかりのカメックスは避けることができない。
 ガツンという鈍い音が、カメックスの腹から響く。もろに突撃された巨体が、ゆっくりと崩れ落ち、大きな音を立てて倒れてしまった。
 カメックスは、完全に伸びている。
「勝負あったな」
俺はウィンディを引っ込めた。でも、達成感はない。もえぎが、いつもの半分の力も出していない勝負に勝っても嬉しくない。
「今日の戦い方、お前らしくなかったぞ」
疑問をそのままもえぎにぶつける。あいつの表情は歪んだまま。ポケモンバトルに負けて悔しいだけではないらしい。
 幼なじみの様子がおかしいのは、さすがに心配だ。
「どうしたんだよ」
「放っといて」
複雑な顔をする幼なじみは、プイと横を向く。
 やっぱり様子がおかしい。照れくささはあったが、それ以上にもえぎが心配で、極力優しく声をかける。
「今日のお前、変だぞ。大丈夫か?」
「大丈夫」
明らかに大丈夫でなさそうな返事をすると、もえぎはボールからオニドリルを出す。
「マサラタウンに連れてって」
俺の存在は完全に無視して、もえぎはオニドリルと共に、空を飛んでいってしまった。
 今にも泣きそうな顔で。
「あいつ、どうしたんだよ」
もえぎの態度が変わったのは、どこからだったかと考える。

『ひょっとして妬いてる?』

 俺がこう言った時から、もえぎの態度がおかしくなった。
 まるで、図星を突かれたように。
「まさか、な」
思わず俺はいい方向に思考がいく。が、すぐに打ち消した。

 もえぎが俺に嫉妬したなんて、都合が良すぎると思わねえか?


 これ以上うろつく気になれず、俺もマサラタウンの自宅に戻った。
「あら、お帰り。今日は早かったのね」
ソファでくつろいでいるナナミ姉さんが、いつもの柔和な笑顔で出迎える。
「どうしたの? 今日はご機嫌ななめね」
完全に子ども扱いの言い方に、いつもなら反論するところだが、今日は言い返す気にもなれない。
 さすがに様子がおかしいと思ったのだろう。姉さんは笑顔を引っ込め、俺の顔を覗きこむ。
「何かあった? またもえぎちゃんとケンカしたの?」
「ケンカだったらまだわかりやすいんだけど…」
思わず俺は愚痴をこぼす。いつもなら弱音なんて吐かないけど、今日はつい口から漏れた。
 だけど姉さんはこれ以上尋ねずに、再び雑誌に目を落とす。俺も向かいのソファに座る。
 特に何をするわけでもなく腰掛けていたが、どうにも落ち着かない。迷ったけど、俺は座り直し、前にいる姉さんを見つめた。
「姉さん」
「なあに?」
「相手が、心当たりなく怒った時って、どうしたらいいかな?」
姉さんは顔を上げると、雑誌を閉じる。
「本当に心当たりはないの?」
「実を言うと…少しある。でも、俺のうぬぼれかもしんねえ」
俺は、ヤマブキシティでの、もえぎとのやりとりを話した。ナナミ姉さんは遮ることなく、俺の話を聞いている。
 話が終わると、姉さんはおっとりとした笑みを浮かべたまま口を開いた。
「じゃあセイジは、もえぎちゃんがヤキモチを妬いているのかもって思っているのね」
「そう考えるのが、一番しっくりくるんだ。でも、さすがにそれはうぬぼれかなって思ってさ」
姉さんから目をそらし、俺は言う。顔が熱いので、赤くなっているかもしれない。
「もえぎちゃんの気持ちは、私にはわからないけど」
おっとりとした口調のまま、姉さんは言う。
「セイジはどうしたいの?」
俺の顔を見つめ、質問する。
「俺は…」
一番の願いは、もえぎが俺の気持ちを受け入れてくれること。でもこれは、俺一人だけでどうにかできるものではない。
 じゃあ、今はどうしたいのか?
 俺の一言で、態度が豹変したもえぎ。ここで一人で悩んでいても仕方がない。だけど。
「姉さん」
「はい?」
穏やかに笑う姉さんを見て、一瞬言いよどんだが、それでもなんとか話をする。
「俺、もえぎとギクシャクするのは嫌だ」
「うん」
「もえぎの気持ちが知りたい。俺にできることがあれば、あいつの口から教えてほしい。って思う」
「うん、わかったわ」
そういって、姉さんは立ち上がる。
「ちょっと出かけてくる」
おっとりと笑う姉さんに、俺は声をかける。
「俺が言ったってことは、あいつには内緒にしてくれ」
返事の代わりに微笑む姉さん。ちょっとだけ詰まったが、俺はもう一言、付け加えた。
「ありがとう、姉さん」
「もうすぐ洗濯機が止まるから、洗濯物を干しておいてね」
いつもの調子で言ってから、ナナミ姉さんは外に出て行った。


 バカみたいに言われたとおりに洗濯物を干し、自分の部屋に戻った。
「本っ当、姉さんはおせっかいだよな」
口ではブツブツ文句を言ってしまうけど、あのタイミングで俺が直接もえぎの家に行っても、事態は好転しないことは明白だ。
「姉さんに任せておいた方がいいんだろうな」
借りを作ったようで悔しいけど、仕方がない。
 コンコン。と扉を叩く音がした。姉さんが帰ってきたのだろうと思い、中に入るように促す。
 しかし部屋に入ってきたのは、ダークブラウンの髪の毛の少女だった。
「も、もえぎ」
動揺が隠せず、名前を呼ぶ時にどもってしまう。
 もえぎは眉をへの字に曲げている。少しの間もじもじしていたが、何かを決意したように頭を下げた。
「さっきはごめん」
当然ながら、謝るもえぎの顔は見えない。分け目がそろっていない頭頂部が目に入る。
「気にすんな。過ぎたことだ」
正直言うと、謝られる覚えはないのだが、もえぎに何かわだかまりがあるのだろう。素直に謝罪を受け入れておく。
 それより他に気になることがある。俺の部屋に来たってことは、ほぼ間違いなく姉さんと話をしたからだろう。
「わざわざ謝るためだけに、ここに来たのか?」
だから、話を振ってみた。もえぎは少し顔を赤らめる。
「あのね、えっとね…」
話をしようとしているのだろう。金魚のように口をパクパクさせている。
「多分、なんだけど…」
もえぎの顔に赤みが増す。
 俺は一瞬、期待してしまう。もえぎの口から出てくる、俺への言葉。
 でも、期待を無理矢理打ち消した。期待をして裏切られた過去がある。今度肩すかしを喰らったら、二階のこの部屋から一階まで沈む自信がある。
 もえぎがまっすぐ俺を見る。何かを決意した瞳。そして。

「セイジにヤキモチ妬いてた」
真っ赤になりながら、しかしキッパリと言い切った。

 言われた瞬間、俺の思考は停止した。
 ヤキモチ? 今、ヤキモチって言ったよな?
「セイジがファンの女の子に囲まれてるのを見た時、胸がギュって締めつけられて頭ん中がグジャグジャになって、ちゃんと考えられなくなっちゃった。でもあたしとセイジはライバルだし、ヤキモチ妬いたらおかしいなって思って認めたくなくてバトルすればそんな気持ちも吹き飛ぶかと思ったけど、全然スッキリしなかったの」
 口火を切ったら後は勢いなのか、怒濤のようにしゃべるもえぎ。
 だけど俺の耳にはうまく届かない。

『セイジにヤキモチ妬いてた』
この言葉だけが、頭の中に繰り返し響く。

 一区切りついたのだろう。もえぎは口を閉じ、じっと俺を見つめる。あんまりジロジロ見るな。よけいに顔が熱くなる。
 なんとか呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。まっすぐにもえぎを見つめると、幼なじみもじっと見つめる。彼女の顔は赤く、目は潤んでいる。
 今度こそ期待していいんだな? やきもちを妬いたお前の言葉、聞くことができるんだな?それとも、俺から言った方がいいのか?
 お互いに見つめ合ったまま、沈黙は続く。
 ダメだ。沈黙に耐えられねえ。それにこういう場面では、男から言うのが筋だよな。
「もえぎ」
高鳴る胸を押さえ、しっかりと声を出そうとする。が、やはり声が震えてしまう。

「おまえに『ヤキモチ妬いてた』って言われて、嬉しかった」

 もえぎの目が大きく見開かれる。驚いているのだろう。
「それだけ、もえぎが俺のことを気にかけているってことだろ?」
自分でもわかるくらい、顔が熱い。でも、ちゃんと気持ちは伝えなきゃならない。
 覚悟を決めて、俺が口を開いた時。

「良かった! セイジに嫌われてなかった!」

 パッと華やいだ笑顔で、もえぎが言った。
「…へ?」
「ナナミさんの言うとおりだった!」
「あ、あの…」
「ヤキモチ妬いたらセイジに嫌われるんじゃないかって、ずっと怯えてたの。良かったあ、ちゃんと自分の気持ちが言えて」
スッキリした笑顔を見えるもえぎとは逆に、俺は力が抜ける。
「あのさ、もえぎ」
「なあに?」
「言いたいことは、それだけか?」
「え、あ、うん、うーんと…それだけだよ」
完全に力が抜けた。立つ気力もなくなり、俺は机にもたれかかる。
 マジで勘弁してくれ。このまま床下まで沈没するぞ俺は。
「ね、ねえ、あたし変なこと言った?」
「そこまでわかってて、何で肝心な答えに行きつかねえのかなと思っただけだ」
「肝心なこと?」
「わからねえなら、気にするな」
どうにか気力を振り絞って立ち上がり、無邪気で残酷な視線を避けるように横を向く。
「まああれだな。絶対とは言い切れねえし、完全には無理だけど、極力避けるようにする」
「え? 何を?」
「だーかーらー!」
本当にこいつは疲れる。俺は再びもえぎを見て、言ってやる。
「ファンの女の子とは極力話さねえって言ってんだよ!これでいいんだろ!?」
「あ、えっと、う、うん」
半ば無理矢理うなずくもえぎ。だが、一呼吸置いてから、ニコニコと笑う。
「どうしたんだよ。急にニヤニヤして」
「え? ニヤニヤしてる?」
「不気味なほどにな」
自覚がなかったのか、もえぎは自分の頬を触って「あれ?」と言いつつも、笑顔のまま俺を見る。
 なんか、もえぎに振り回されっぱなしだなあ。
 疲れるけど嫌な感じはしない。たとえ本人に自覚はなくても、幼なじみ兼ライバルから一歩前進したと思っておく。思っておくんだってば。
「ねえ、またポケモンバトルしよっ。さっきは負けちゃったけど、今度は負けないよ」
いきなりもえぎが勝負を持ちかけてきた。今度は勝ち気な笑みを浮かべている。
 俺が一番好きな、もえぎの笑顔。
「ふん。ヤマブキの時よりはマシそうだが、今度も負けねえぜ」
心臓の鼓動をごまかすようにため息をつくと、俺もキッパリと宣言する。
「じゃあすぐに庭に行こう」
「その前に。お前、カメックスの体力を回復させてねえだろ」
「あっ」
もえぎがあわててボールの中のポケモンに声をかけると、腰のボールの一つが、力なく動く。
「先にじーさんの研究所に行って、ポケモンを回復させようぜ」
言うだけ言うと、俺はさっさと入り口に行く。
 けど、もえぎがついてこない。顔をしかめて、かつ真っ赤にして突っ立ったままだ。
「おい。んなところで突っ立ってると置いてくぞ」
声をかけられて、やっともえぎが我に返った。
「大丈夫か? まだボーッとしてるぞ」
「う、うん。平気だよ」
落ち着きなく返事をしたとたんに、もえぎはベッドの足につまづいた。
「ひゃあ!?」
奇妙な悲鳴と共に、もえぎが俺の胸に飛び込む。
 …って、ちょっと待て!
 心臓がドクリと鳴り、手のひらに汗がにじみ出る。それでも俺は平静を努めて言った。
「ほ、本当に大丈夫かよ」
自分の状況がわかっていないのか、しばらくもたれかかった後、いきなり「うひゃあ!?」と悲鳴を上げ、俺を突き飛ばした。勢い余って尻もちをついてしまう。
「あ、ご、ごめん! 本当にごめん! 悪気はなかったの!」
今度こそもえぎは落ち着きをなくし、右往左往する。
 おたおたする幼なじみに、俺の面倒見センサーがつい反応してしまう。
「本っ当に危なっかしいな、てめえは。じーさんのところまで引っ張ってってやるから、おとなしくついてこい」
返事は待たない。有無を言わさずもえぎの手を握り、廊下へと引っ張っていく。もえぎは俺が言ったとおり、おとなしくついてきた。
 その間、俺は一回も振り返らなかった。顔が真っ赤になっているのを悟られたくない。

 多分、本当に多分だけど、幼なじみでもライバルでもない感情を、もえぎは俺に持ってくれている。自惚れかもしれないが、そんな気がする。
 この先どうなるかわからないけど、もえぎが自分の気持ちにちゃんと気づくまで、待ってみてもいいかなと思う。ここまで待ったんだ。もう少し我慢できる。
 手のひらに体温を感じながら、俺はそんなことを考えた。



♀主人公サイド あとがき(♀主サイドと共同)


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