胸の中のダウジング(♀主人公サイド)


「もえぎさんですね?サイン下さい!」
 ヤマブキシティにあるトレーナーファンクラブの前を通りかかったとき、20代後半くらいの男女に声をかけられた。
 あたしがポケモンチャンピオンになってから、ファンと称した人たちから、しばしば声をかけられるようになった。最初はとまどったけど、今は少しだけ慣れたかな。
 男女−恋人か夫婦だと思うけど−のノートに自分の名前を書く。へなちょこで汚い字にもかかわらず、彼らは何度もお礼を言い、ついでに手が千切れんばかりに握手をされた。
「頑張ってるのはポケモンたちなのに、どうしてあたしがいいのか、よくわかんないな。字が汚いサインをもらって、何がうれしいんだろう?」
チャンピオンに対するあこがれはあたしにもあったけど、それは自分もその場に立ちたいという目標であって、サインがほしいとか握手がしたいとかってもんじゃなかったけどな。
 首をかしげながらファンクラブの前を通り過ぎると、背後から黄色い声が響いた。
「なんだろ?」
自分に向けられた声ではないのはわかったけど、気になったので振り向くと、数人の女の子に囲まれた、茶髪でツンツン頭の少年が視界に入った。
「セイジだ」
幼なじみでライバルであるセイジは、まんざらではない顔で女の子と話している。
「相変わらずもてるなあ。しかも、前チャンピオンっていう肩書き付きだもんね」
それなりの外見をしていて、気配りができるセイジは、昔から女の子にモテた。チャンピオンになってからさらに声をかけられ、あたしがその座を奪っても、人気は相変わらずのようだ。
 だから、セイジが女の子に囲まれている様子は見慣れている。
 はずなんだけど。

「あれ?」
胸の中が、ギュッと締めつけられた。でもって、なんだかもやもやする。

「なんだろう、この感覚?」
今まで経験したことあるような無いような、そんな気持ち。
 昔、双子の弟アサギが熱を出し、お母さんがずっとアサギにつきっきりで看病していて、あたしに全然かまってくれなかったとき、似たような気分になった。
 でも、今の感覚はもっと深くて痛い。
 セイジは、まだ女の子と話をしている。少し困り顔で手をパタパタ振る少年に、女の子が詰め寄っている。
 また、胸が締めつけられる。
 あたしは彼から目を逸らし、早足でその場を立ち去った。


 ヤマブキシティをとぼとぼと歩く。セイジを見たときから、心が重くて、ずっと痛い。
「いやだな、こんなの。タマムシシティに行って、パーッと気晴らししようかな」
「なんだ。おめえも来てたのか」
 突然、後ろから声をかけられた。驚いて体がビクリと動く。
「なーにビックリしてんだよ。今夜は何を食べようかなとか考えてたのか?」
先ほど素方を見かけた少年、セイジが、いつものごとく自信に満ちた態度でやってくる。いちいちイヤミを言うところも変わらない。
「うるさいなあ。あたしだって色々悩みがあるんですー」
「あれか?もっと胸が大きければいいな。とか?」
「失礼ね!セイジこそ女の子に囲まれてて、まんざらでもなさそうだったじゃん?」
「べ…別にまんざらなんて…」
一瞬だけ焦ったように見えたけど、すぐにいつもの顔に戻る。
「あんなの、勝手に騒いでいるただのファンだ。だいたい、現チャンピオンであるもえぎの方が、ファンが多いだろう」
「セイジのファンも十分多そうだけど?」
「どうしたんだよ、さっきから突っかかって。ひょっとして妬いてる?」
セイジがニヤリと笑いながら尋ねる。
 妬いてる。という単語を聞いたとき、あたしの胸はさらに重くなり、胸がギュウギュウ締めつけられ、もやもやが濃くなった。体の末端が冷え、呼応するように頭が熱くなる。
「おーい、何か言えよ。まさか図星なんて事はねえよな?」

『全っ然違うもん!セイジが女の子にキャーキャー言われたくらいで妬くもんか!』

 頭の中ではそうわめいているが、なぜか言葉にならない。

『違う違う違う!あたしとセイジはライバル、ライバルなんだもん!』

 頭の中が混乱する中、あたしの手が動いた。腰についているモンスターボールを外し、開閉スイッチを押す。中から出てきたのは、カメックスのカメたろう。
「勝負よセイジ!」
「はあ?」
セイジがとまどった顔をする。だが、すぐに笑みを浮かべると、ポケモンを出してきた。
 出てきたのはウィンディ。
「よくわかんねえが、勝負とあっちゃ負けねえぜ。バトルはシンプルに一対一。どっちかが倒れたら終わりってことでいいな」
「かまわないわ。でも、炎タイプを出してくるなんて、バカにしてんの?」
「バカにはしてねえさ。ハンデだよ、ハンデ」
ムカッ。頭の中がもっと熱くなる。けど、何とか抑える。
 あたしを怒らせて判断を鈍らせようっていうセイジの狙いは見え見えだ。不利なタイプを出したことを後悔させてやるんだから。
「カメたろう、ハイドロポンプ!」
手加減無用。容赦なく炎タイプに効果がある技を出すが、ウィンディはあっさりとよける。動きはかなり速い。
「こうそくいどうね」
「その通り。カメックスの攻撃なんざ当たんねえよ」
「なら、避けにくい技を出すまでよ。なみの…」
「ほのおのうず」
波乗りの技を出す前に、カメたろうが炎の渦に包まれる。炎自体のダメージはさほどでもないが、赤い燃えさかる火に囲まれてしまい、出ることができない。
「どうしたんだ?いつもの手応えが全然ねえぞ」
小バカにしたような笑みを浮かべ、セイジが言ってくる。レベルはほとんど差が無くてタイプも有利なはずなのに、ウィンディにまだ一撃も与えていない。
「来ねえなら、こっちからいくぜ。ウィンディ、じしん!」
ウィンディを起点に、地面が大きく揺れる。地震もカメたろうには効果が今ひとつだけど、元の威力が大きいので、それなりの体力を奪われる。
 一方カメたろうは、まだ炎の渦から出ることができず、少しずつ体力が削られていく。
「そろそろ決着をつけようか」
ウィンディが体を縮める。次に攻撃を食らったら、確実にカメたろうは戦闘不能になる。
「カメたろう、まもり」
あたしの指示に従い、カメたろうが巨体を甲羅に引っ込める。これで少しは間が持つはずだ。
 しかし、ウィンディも攻撃をしてこない。よく見ると、防御の態勢になっている。
「え?」
攻撃を仕掛けてくるだろうと思ったが、読みが外れた。
 カメたろうを囲んでいる炎が消える。同時に、カメたろうは防御を解き、顔を出す。
 セイジがニヤリと笑った。
「しまった!」
「ウィンディ、とっしん!」
ウィンディがカメたろうに一直線に突っ込んでくる。素早さが上がったウィンディを、守りを解いたばかりのカメックスは避けることができない。
 ガツンという鈍い音が、カメたろうの腹から響く。もろに突撃された巨体が、ゆっくりと崩れ落ち、大きな音を立てて倒れてしまった。
 カメたろうは、完全に伸びている。
「勝負あったな」
セイジがウィンディを引っ込める。だけど、いつもの自慢げな笑みはなく、眉間にしわを寄せている。
「今日の戦い方、お前らしくなかったぞ」
うれしくなさそうに言うセイジ。あたしは返事をすることができない。
 胸が重くて痛くて熱くてグジャグジャだ。
 セイジが顔をしかめ、あたしの近くに来る。
「どうしたんだよ」
「放っといて」
考える前に、あたしは言った。
 幼なじみの眉間のしわが深くなる。いつもならそろそろ怒り出すはずだけど、代わりに小さくため息をつく。
「今日のお前、変だぞ。大丈夫か?」
柔らかい口調で言われる。あたしを見るセイジは、心底心配そうだ。
 もう、限界だった。
「大丈夫」
あたしはクルリと背中を向けると、ボールからオニドリルのスズちゃんを出す。
「マサラタウンに連れてって」
スズちゃんに捕まると、あたしはセイジをおいてマサラタウンに飛んでいった。


 家に帰ると、すぐに自分の部屋に引きこもり、ベッドの中でうずくまった。
 セイジが言うとおり、今日のあたしはすごく変だ。
 女の子に囲まれて、愛想を振りまいて話をしているセイジを見たとき、胸がギュッと締めつけられた。
 セイジに会ったらもっと胸が締めつけられて、「妬いてる?」と聞かれたら、自分でも何がなんだかわからなくなって。
 気がつくとポケモンバトルをしていて、気がつくと負けていた。
「おかしいよ。あたし、おかしいよ」
目から涙がこぼれる。涙は頬を伝って、シーツを濡らす。さっきから涙を吸いこんでいるシーツは、あたしの周りだけ湿っている。
 コンコン。と扉をたたく音。
 あたしは返事をしなかったが、扉が開く音がした。たぶんお母さんだろう。
「もえぎちゃん。お話しできるかしら?」
お母さんじゃない、違う声。でも、あたしはこの声の主もよく知っている。
「ナナミさん」
布団をかぶったまま、名前を呼んだ。
 セイジのお姉さんの、ナナミさん。あたしたちが小さいときから面倒を見てくれている、優しい人。あたしにとってもお姉さんのような存在だ。
「セイジがね、もえぎちゃんのことを気にかけていたから、様子を見に来たの。気にかけていたことは内緒にしてって言われてたけどね」
悪気なさそうに、おっとりとナナミさんが話す。
「何があったの?セイジが悪いんなら、謝りに来させるけど?」
「違うの」
ナナミさんの声を聞いて少しだけホッとしたあたしは、顔だけ布団から出す。
「セイジは全然悪くない。あたしが変なの」
「変って何が?」
あたしを見ながら、ナナミさんがいつもの笑顔で聞き返す。
 少しだけ迷ったけど、あたしはヤマブキシティでの出来事を、ナナミさんに話した。
 ものすごくつっかえつっかえだったけど、ナナミさんは聞き取れなかった部分を確認する以外は、口を挟まず最後まで聞いてくれた。
「それで、もえぎちゃんは自分のこと『変だ』って言ってるのね」
「うん。ずっと胸が重くってグジャグジャするの」
「もえぎちゃんが自分の気持ちを抑えられなくなったのは、セイジが『妬いてる?』って聞いてきたときからよね?」
「うん」
返事をしてから、あたしは気づいた。
「この気持ちって、やっぱり妬きもちなの?」
気づいたことを、そのままナナミさんに言ってみた。ナナミさんは微笑んだまま、静かに答える。
「もえぎちゃんが妬きもちって思うのなら、そうじゃないかしら?私には、もえぎちゃんの心の中は覗けないから」
セイジが女の子に囲まれているところを見たときの胸の締めつけや、「妬いてる?」と聞かれたときの、胸の重りと痛みを思い出す。
 思い出しただけで、また胸がギュッと縮む。
「妬きもちなんて、ライバルなのに変だよね。こんなグチャグチャで嫌なことを思ってるってセイジが知ったら、あたし嫌われちゃうかな。
 セイジに嫌われるのはイヤ。嫌われたくないよ」
言いながら、また視界がかすんできた。泣いても泣いても、涙が止まらない。
「嫌われたりしないわよ」
優しく穏やかにナナミさんが答える。目元への柔らかい感触とともに、視界が少し晴れる。
 ハンカチを持ったナナミさんが、いつもの笑顔であたしを見ている。
「相手を困らせたり傷つけたりしてはいけないけど、妬きもちを妬くってことは、それだけ相手に好意を持ってるってことでしょ?だから、嫌ったりしないわよ」
「そうなの?」
自信がない。セイジ、いつもあたしをバカにしたり怒ったりしてばっかりだもん。
「私にしゃべってくれたみたいに、もえぎちゃんの気持ちを、セイジに話してごらん。セイジも、もえぎちゃんの気持ちがわからなくて、戸惑っているんだから」
ナナミさんの言葉を聞いて、あたしは考える。
 ヤマブキシティから出て行く直前、セイジは心配そうに「大丈夫?」と尋ねてくれた。
 それに、勝負の時に出したのは、水に弱い炎タイプ。

 セイジは、あたしがいつもの状態でないことに、しっかり気づいてたんだ。

 あたしは勢いよくベッドから飛び出す。目をこすると、笑顔を作ってナナミさんに言った。
「これから、ナナミさんの家に行ってもいい?セイジと話をしたい」
「もちろんいいわよ」
おっとりと笑って、ナナミさんが立ち上がる。
「でも行く前に、顔を洗ってらっしゃい。涙の後でかわいい顔が台無しよ」
かわいいって言われて少し照れつつ、あたしは部屋に飾ってある鏡を覗く。目の周りが腫れ、涙の跡がこびりついた不細工な顔が、こちらを見ている。
 ひどい顔だな。と思いつつ、あたしは洗面所に向かった。


 隣のオーキド宅の二階。セイジの部屋の前にあたしは立っていた。何回もきているはずなのに、やけに緊張する。
 深呼吸して、ドアをノック。中から「どうぞ」と声が聞こえる。
 汗で濡れる手でノブをつかみ、扉を開けた。
「も、もえぎ」
机に向かっていたセイジは戸惑っているみたい。急に来たから驚いたかな。
 あたしはもう一度深呼吸して、セイジをまっすぐに見た。
「さっきはごめん」
言って、頭を下げる。
 少しの間、静かになる。許してもらえないかな。と不安になる。
「気にすんな。過ぎたことだ」
斜め上から声が聞こえる。おそるおそる頭を上げると、苦笑いしたセイジが、椅子から立ち上がっていた。
「わざわざ謝るためだけに、ここに来たのか?」
セイジの笑顔が消える。やっぱり怒ってるのかな。
 だけど、ここで縮んじゃダメ。ちゃんと伝えなきゃ。
「あのね、えっとね…」
ここに来るまでに、なんて言おうか色々考えた。でも、いざ言おうと思うと、うまく言葉にならない。
「多分、なんだけど…」
だけど、言わないと伝わらない。一呼吸おいてから、思い切って言った。

「セイジにヤキモチ妬いてた」

 びっくりしたのか、セイジの目が見開かれる。
「セイジがファンの女の子に囲まれてるのを見た時、胸がギュって締めつけられて頭ん中がグジャグジャになって、ちゃんと考えられなくなっちゃった。でもあたしとセイジはライバルだし、ヤキモチ妬いたらおかしいなって思って認めたくなくてバトルすればそんな気持ちも吹き飛ぶかと思ったけど、全然スッキリしなかったの」
 一回言ってしまえば、後は勢い。一気に言ってから、あたしはセイジを見る。
 怒られるかバカにされるって思ったけど、なぜかセイジは手で口元を押さえている。なんか、顔も赤い気がする。
 どうしてだろう。心臓の音が聞こえそうなくらいドキドキ言ってる。
「もえぎ」
少し震えた声で、セイジがあたしを呼ぶ。そのまま見つめていると、赤い顔のまま彼は言った。

「おまえに『ヤキモチ妬いてた』って言われて、嬉しかった」

 あたしは耳を疑った。
 今、うれしいって言った?
「それだけ、もえぎが俺のことを気にかけているってことだろ?」
真剣なまなざしでそういうセイジは、いつもの自信家で悪口を言う彼ではない。
 まっすぐ飾らず、本音を語ってくれている。
 心から重りが消えて、胸のあたりが軽く暖かくなる。今まで覆っていたもやもやが、一気に晴れた感じ。
 だからあたしは思わず大声で言ったのだ。

「良かった!セイジに嫌われてなかった!」

 セイジに嫌われてなかった。それどころかうれしいって言ってくれた!
「…へ?」
「ナナミさんの言うとおりだった!」
「あ、あの…」
「ヤキモチ妬いたらセイジに嫌われるんじゃないかって、ずっと怯えてたの。良かったあ、ちゃんと自分の気持ちが言えて」
セイジは顔から手を離す。呆然としたような、疲れたような表情をしている。
「あのさ、もえぎ」
「なあに?」
「言いたいことは、それだけか?」
「え、あ、うん、うーんと…それだけだよ」
今度はセイジは額に手を添え、大きなため息をついた。どうしたんだろう?
「ね、ねえ、あたし変なこと言った?」
心配になって尋ねると、セイジはさっきより大きなため息をつく。
「そこまでわかってて、何で肝心な答えに行きつかねえのかなと思っただけだ」
「肝心なこと?」
「わからねえなら、気にするな」
答えて、セイジはプイと横を向いてしまう。
「まああれだな。絶対とは言い切れねえし、完全には無理だけど、極力避けるようにする」
「え?何を?」
「だーかーらー!」
横を向いていたセイジは、首を戻してこちらを見る。さっきから忙しいなあ。
「ファンの女の子とは極力話さねえって言ってんだよ!これでいいんだろ!?」
「あ、えっと、う、うん」
気迫に押され、思わずあたしはうなずく。が、一歩遅れて、セイジが気を遣ってくれたことを理解する。
 わかったとたん、もっと心が軽くなった。
「どうしたんだよ。急にニヤニヤして」
「え?ニヤニヤしてる?」
「不気味なほどにな」
指摘されて頬を触り、初めて自分が笑っていることを自覚した。きっと、セイジがあたしを気にかけてくれたからだ。
 なんか、セイジに振り回されている気がするな。
 でも、嫌な感じはしない。今はセイジが見てくれていることが、とってもうれしい。
 うれしいけど、今の気持ちを伝えるのは、何となく照れくさい。だからあたしはごまかすように言った。
「ねえ、またポケモンバトルしよっ。さっきは負けちゃったけど、今度は負けないよ」
セイジは一瞬ポカンとした後、三度ため息をついた。しかしすぐにいつものいやみったらしい笑みを浮かべる。
「ふん。ヤマブキの時よりはマシそうだが、今度も負けねえぜ」
「じゃあすぐに庭に行こう」
「その前に。お前、カメックスの体力を回復させてねえだろ」
「あっ」
忘れてた。家に帰ってすぐにベッドに潜っちゃったから、カメたろうは戦闘不能状態だ。
「ごめんね、カメたろう」
そっと謝ると、カメたろうが入っているボールが力なく動いた。
「先にじーさんの研究所に行って、ポケモンを回復させようぜ」
言って、セイジはさっさと入り口に行く。
 セイジの背中を見ながら、あたしはふと思う。

 どうして、セイジに妬きもちを妬いたんだろう?

 胸が締めつけられてグジャグジャした気持ちは、妬きもちという言葉がぴったりだった。
 でも、どこからこの感情が生まれたのかは、全然わからない。

「おい。んなところで突っ立ってると置いてくぞ」
セイジに声をかけられて、我に返る。ずっと突っ立ていたみたいだ。
「大丈夫か?まだボーッとしてるぞ」
「う、うん。平気だよ」
思考を振り払い、一歩足を踏み出したとたん。
「ひゃあ!?」
視界が動き、次の瞬間、何かにぶつかった。
「ほ、本当に大丈夫かよ」
紫の布が目の前に広がる。それに暖かい。
 ここでようやく、あたしは、躓いてセイジにぶつかって寄りかかっていることに気づいた。
「うひゃあ!?」
思わずセイジを突き飛ばし、勢いで彼はしりもちをついた。
「あ、ご、ごめん!本当にごめん!悪気はなかったの!」
自分のした行動にあわててしまう。
 セイジは、わざわざ顔を背けて立ち上がり、無言であたしの腕をつかんだ。
 ものすごく怒ってる。どうしよう。と思ったとき、セイジが言った。
「本っ当に危なっかしいな、てめえは。じーさんのところまで引っ張ってってやるから、おとなしくついてこい」
それだけ言うと、あたしの手を引いたまま歩き出した。
 やっぱりセイジは優しくなったな。と思ったすぐ後に、手をつながれている事実に気づいてしまった。
 とたんに、顔が、体が熱くなる。セイジに気づかれるんじゃないかって思ったけど、一歩先を行く茶髪の少年は、前を向いたまま気づかないようだ。
 あたしはふと考える。

 これって、片思いみたいじゃない?

「ま、まさかね…」
セイジに聞こえないように、小さくつぶやく。

 ヤマブキシティとは違う意味で、あたしの心は再びグジャグジャになった。



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