都内から2時間、県庁所在地から電車で1時間半、K県中西部にある衛星都市、月夜埜市。
 新旧様々な家や店舗や道や人々が入り交じる、どこにでもありそうな街。

 だが、月夜埜市の西部にある山間に、常識では考えられないような力を持つ人々が集結しつつあった。


 霧雨が降る、6月中旬にさしかかる夜11時過ぎ。一台の車が、街灯もなほとんどない月夜埜市の山間へと走っていく。
 中には二人の男女。運転しているのは20代前半の男性。脱色した金髪、黒いタートルネックのシャツと黒いジャケット黒いズボン。細身で中性的な美少年である。
 助手席に乗っているのは、高校生くらいの少女。肩まである黒髪を後ろで一つに束ね、黒いシャツに黒いジーンズ姿。やはり黒いウエストバッグを持っている。丸い体型に、丸い目丸い鼻大きな口は愛嬌はあるが、美人ではない。
「家を抜け出すの、大変じゃなかった?」
 青年、高清水克巳(たかしみずかつみ)が、見た目どおりの軽い口調で話しかける。
「マナの家に泊まるって言ってきました。マナのお母さんには、口裏を合わせてもらいましたけど」
少しだけばつが悪そうな笑みを浮かべて、森永一紗(もりながかずさ)が答える。
「『マナに会えるように交渉しに行く』って言ったら、最終的に協力してくれました。両親も妹も起きているので、言い訳しないと抜け出せなかったんです」
「そうか。明日が土曜日で良かったよ」
「本当に」
一見和やかに話す二人。だが克巳も一紗も、明らかに緊張していた。


 アシアナ教会に乗り込む。
 知る人は、突拍子もない計画を立てたものだと呆れるであろう計画を立てたのは、日付的に昨日のこと。

 月夜埜市を中心に流行した『眠り病』。眠ったまま起きなくなる奇病は、原因も医療的対処法も、現時点では見つかっていない。
 だが、アシアナ教会では、眠り病を治すことができる。医者や研究者が原因も特定できない病気を、アシアナ教会にいる少女は、手を握っただけで治す…すなわち、患者を起こしたのだ。
 それだけならば不思議な出来事。で終わるのだが、眠り病を治療した患者30人余りのうち、数名がアシアナ教会の信者になったようなのだ。
 一紗の友人、真奈美もその一人。また、克巳の父はアシアナ教会の熱狂的な信者で、それゆえ莫大な財産をほとんど貢いで教会で暮らすようになり、おかげで家族は別々の場所で生活せざるを得なくなった。
 そんな中、普通では考えられない力を使う人々もいる、汎世界的な正体不明の集団、通称「門衛」が、アシアナ教会に襲撃するという情報を入手した。
 一紗と克巳は、門衛の侵入に紛れ、友人と父親を助けようと考えているのだ。


「うまく戦いをかわさないといけないですね」
「ああ。見つかったら僕たちの場合、即サヨナラだ」
「マナたち、無事だといいんですけど」
「真奈美ちゃんと父は戦いに巻き込まれない場所にいると思うけど、隠し部屋とかだったら厄介だな。それに、日下部兄妹を捜すのは、もっと厄介だろうね」
 日下部、という言葉を聞いた一紗の顔が曇る。

 一紗は真奈美の他に、日下部暁彦(くさかべあきひこ)と妹の梨乃(りの)も探している。
 一紗のクラスメイトで、門衛からの逃亡者の少年は、双子の妹梨乃を捜している中でアシアナ教会にいることを突き止め、やはり襲撃のどさくさに紛れて助けようとしているようだ。
 梨乃を助けた後、ここから立ち去ろうとしている暁彦に、一紗はどうしてももう一度会いたいと考えている。

「暁彦くんに会ったら何を言うか考えた?」
 運転中の克巳が尋ねる。笑みがないので、本気で聞いているようだ。
「まずは、こっちの世界にいたいかどうか、聞きたいです。梨乃さんと二人で日の当たる世界で生活したいって言うならば、できることは協力したいですから」
「なるほどね。でも…」
「でも?」
「もし、それを伝える余裕がない状況で、二人を逃がさなければいけなくなったら、どうする?」
一紗は考え込む。確かに、十分あり得る状況だ。
「その時考えます。だけど、逃げられるように手伝いたいとは思っています」
心が少し痛む。本当は一緒にいたいけど、暁彦に振られた以上、一緒にいることはできない。だからせめて無事に逃げ出せたらいいなと思っている。

「にしても、我ながらしつこいですよね」
 苦笑しながら一紗が話す。
「何がだい?」
「振られた相手を助けに行こうっていうんですから。まるでストーカーですよ」
「それだけ、一紗ちゃんが暁彦くんを好きって事だろ?」
「うっ…言葉で言われると恥ずかしいです」
「でも、その通りだろ?」
「これ以上言わないでくださいよっ!」
「親父のことも、真奈美ちゃんのことも、日下部兄妹のことも、うまくいくといいね」
前を見つつも、優しい笑顔を浮かべ、克巳が言う。
「そうですね」
一紗も、笑顔で答えた。


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