東京から電車で2時間。K県中西部の衛星都市、月夜埜市。
 ニュータウンが広がる南関東のベッドタウン。全国にチェーン展開をしているお店と、昔からある商店街が同居している。
 用事がなければ通り過ぎてしまうような、ありふれた街。

 しかしどういう訳だか、世界に受け入れられにくい人たちが引き寄せられる不思議な街でもあった。


「も、申し訳ありません!」
 小さな会社の会議室であろう一室。窓はなく、蛍光灯に照らされた無機質な灰色の部屋は、重苦しい雰囲気に包まれている。
 はいつくばるほどの勢いで土下座をしているのは、オールバックに黒いスーツを着た40代くらいの男性。
 男を冷たい瞳で見下ろすのは、20代後半くらいの女性。クセのある亜麻色のショートヘアー、つり上がった大きな瞳に高い鼻ふっくらした唇。胸元が大きく開いたノースリーブシャツに、体のラインがはっきりとわかる黒いストレッチ素材のズボン、10センチはあるのではというピンヒールが似合うグラマーでゴージャスな美女である。
「日下部暁彦を連れ戻しに行ったのに、どうしてあんたが捕まっていたのかしら? CSS」
色気のあるハスキーボイスで、嫌味たっぷりに女は中年男性に尋ねる。CSSというのは彼の呼び名であろう。
「し、しかしLH。やつらには仲間がいまして。こいつが予想以上に強かったため…」
「捕まってトランクに閉じこめられた。と」
「いやあのその、そ、それは、少々油断しまして…」
「まったく。Cがいなかったら奴らに何がばれていたか」
完全にCSSを見下していたLHと呼ばれた美女は、冷たい表情のままため息をつく。
「任務に失敗した人間は、どうなるかわかっているわね?」
「あ、う…い、命だけは…命だけは! 何でもやります! どんな命令でも聞きます! だから命だけはお助け下さい!」
「…どうしよかしら?」
たっぷり間をおいて言った女だが、ふいに表情を変える。
「ああもう面倒くさいわね」
文句をたれつつポケットから携帯電話を取り出すLH。着信があったらしい。画面を見た女の眉間のしわが深くなる。
「はい。…そうです。ええ。…え?」
美女が目を見開く。男は不安を抱えつつも相手の変化をいぶかしむ。
「あなたも手伝うんですか? CSSを? …ええ、命令ならば従うまでですが…わかりました」
不機嫌そうに電話を切ったLHは再びCSSを冷たい目で見下す。
「ひっ…!」
蛇ににらまれたカエルのようにCSSはすくみ上がっている。
「お願いです…お願いですから…」
「運がいいわね、あんた」
不機嫌なままスーツ男をにらみつける。
「Cからの命令よ。もう一度チャンスをあげるわ」
すっかり縮こまった男に美女は表情を変えずに言い放った。
「…え?」
「Cがもう一度だけチャンスをくれるって言ったの。ありがたく思うことね」
「は…は、はい! もちろんです!」
コメツキバッタのようにヘコヘコと頭を下げる男を見てLHがだるそうに体を傾ける。
「しかも、Cのサポート付きよ。これで失敗はできないでしょう? 今度こそしっかりやりなさい」
「はい! もちろんです! ありがとう…ありがとうございます!」
サングラス男は大げさに言いながら再び土下座をした。
「そうそう。あんた前回は一般人を巻きこんでいたわよね」
男の顔に再び恐怖の色が浮かぶ。
「いや、その、あの女子高生も日下部の知り合いだと思ったので…」
「クラスメイトが知り合いならば、彼もさぞかし知り合いが多いでしょうね。
 いい? 日下部暁彦の仲間以外はもう巻きこんだらダメよ。次に彼らを巻きこんだら…」
冷たく鋭い視線を男に向け続きを口にした。
「任務に関係なく、あんたを消すわよ」
上から見下された瞳に、CSSはすっかり萎縮した。


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