君がいて、今がある


 アサギはマサキを尊敬している。
 ポケモン転送装置やモンスターボールの仕組みに興味があるアサギは、転送装置を開発したマサキを尊敬し、よく遊びに行っている。淡白なアサギも、この時は年齢相応の子どもらしくはしゃいでいる。
 気難しいマサキも、アサギには嫌な顔をせず、転送装置の仕組みなど、色々な事を教えている。
「僕も大人になったら、マサキさんのような研究者になりたいです」
ことあるごとに少年は言い、青年も「わいのような研究者になるんは、大変や」と笑顔で答えた。
 しかし今日は、そこで終わらなかった。
「モンスターボールを改造しているとき、すごく楽しいんです。こういう事を仕事にできたらな。って考えるんです」
「マサキさんは、ジョウトのコガネ大学に行ったんですよね。機械の研究をするなら、コガネ大学に行くのがいいんですか?」
「僕、全国を繋ぐ転送装置を造るのが目標です。全国がポケモンネットワークで繋がったら、絶対便利ですよ」
次々に語られるアサギの夢。
 笑顔で聞いていたマサキは、少年の言葉が切れたときに、ふいに真顔になる。どうしたんだろうと思うアサギに、彼は尋ねた。
「まだ時間はあるか?」
「はい。大丈夫です」
返事を聞いたマサキは、スッと立ち上がる。
「やったら、わいに付き合ってくれ。一緒に行きたいトコロがあんねん」
いきなりどうしたのだろう。といぶかしむアサギ。
 だが同時に、好奇心も膨れ上がる。
 アサギは力いっぱい「もちろんです!」と答えた。


 二人がやってきたのはシオンタウン。花を買ったマサキは、まっすぐにポケモンタワーに向かう。
 ポケモンタワーは、いわゆるポケモンの共同墓地である。7階建ての塔には、亡くなったポケモンたちの墓が並び、ゴースたちが浮かぶ中、人々が手を合わせたり思い出に浸っている。
(タワーに何の用事があるんだろう)
無言で階段を上るマサキに、アサギは首を傾げる。どこかの研究所とか、開発中の装置を見に行く事などを想像していた少年は、研究とは関係なさそうな墓地に連れて行かれて戸惑っている。
 やがて、一つのお墓の前に立った。他の墓より一回り大きな墓石の横には、しおれた花がささっている。
「前回から随分経つんやな。アサギくん、ちいとばかし手伝って」
「え、あ、はい」
花を活けかえ、墓石に水をかけ、線香をあげる。
 掃除を終えたマサキは無言で手を合わせる。疑問を抱きつつ、アサギも手を合わせる。
 長いこと目をつぶり黙祷をしていたマサキが目を開ける。
「あの…」
ここは誰のお墓ですか。とアサギが聞く前に、彼は口を開いた。
「ここは、転送装置の実験で犠牲になってしもたポケモンたちのお墓や」
「…え?」
何を言ってるのか理解する前に、マサキはさらに話を続ける。
「わいは、ポケモン転送装置開発のリーダーやった。
 最終実験の日、外はどエライ雷雨やった」
何気なく外を見るマサキ。雷雨とは程遠い、透き通るような青空が広がっている。
「最後の実験は、複数のポケモンたちを、一斉に転送すること。大量の転送に耐えることができるか、チェックしたかったんや。
 せやけどな、スイッチを入れた瞬間、研究所が停電した。ほんで…」
後に続く言葉は、アサギは容易に想像できる。しかしマサキははっきりと口にした。

「転送途中のポケモンを、二度と見ることはなかったんや」

 アサギの胃が重くなる。
「実験とは言え、ポケモンたちには極力負担がかからんように調整する。それでも、悪い偶然が重なると、不慮の事故は起こるっちゅーわけや。
 でも、実験やから…」
「事故は避けられない。ですか?」
「そうや」
さらにアサギの胃が重くなり、ムカムカしてきた。
「彼らの犠牲があって、転送装置は完成したんや」
「…マサキさんは…」
下を向いたアサギが、口を開く。
「実験を止めようと思った事はなかったんですか?」
線香の煙を見つめて、マサキは答える。
「何回もある」
静かに答えるマサキからは、なんの感情も読み取れない。
「せやけど、止めることはでけへんかった」
「ポケモンたちの犠牲を無駄にしたくなかったからですか?」
「それもあるんや。が…」
マサキの口元が歪む。少しだけ間が空いた後、言った。

「転送装置を完成させたいちう欲望から逃れられんかった」

 研究者の青年が口をつぐむと、静寂が辺りを支配する。
 灰になった線香の先端が、音もなく崩れる。
「転送装置があれば、よりたくさんのポケモンたちを手元に置いておけるし、研究もずっとはかどる。たくさんの人が完成を待っとった」
「そうですよ。装置のおかげで、僕たちはとても助かってます」
「この機械を造るんは、わいたちの使命やと信じとった。今でも信念は間違ってないと思うわ。犠牲になってしもたポケモンたちもわかってくれるやろと…」
あくまでもお墓を見ながら、マサキは言葉を続ける。
「せやけど、使命に燃えるほど、オノレはただ転送装置を造りたかっただけやないか。使命や期待を盾にして、オノレの欲望を正当化しとるんやないか。っちゅー思いが、わいにつきまとうんや」
「そんな…」
「思い過ごしかもしれへんし、もちろん、そないなことを考える人ばっかりではない。
 せやけど、わだかまりは消えず、といって研究者を辞められるほど、オノレの欲望と好奇心を抑えられん」
「マサキさん…」
なんと声をかけようか戸惑うアサギをマサキは見ると、優しく微笑む。
「今までにあらへんモンを造ることは、見えへん結果や犠牲を伴う失敗、時にはオノレの欲望と戦わなあかん」
微笑んだまま、マサキはアサギの肩に手を置く。
「研究者になるには、様々な業を抱えなあかん。その事はよく覚えておいてほしいんや。
 ほんでも、やはり研究者を目指したいんならば…」
ニカッ。と、人なつこい笑みを浮かべる。
「わいの所にきてほしいんや」
尊敬する研究者の言葉を聞き、不安そうなアサギに笑顔が浮かぶ。
「はい!」
無邪気な笑顔に、マサキは微笑み返すと、手を肩から離した。
「付き合わせて悪かったな。戻ろか」
答えを待たず、マサキは桶を手に持ち、お墓から離れる。アサギも慌てて後を追う。
「マサキさん」
 階段を下りながらアサギが声をかける。
「何や?」
「僕、考えたんですけど。笑わないで聞いてくれますか?」
「ん?」
穏やかな顔で耳を傾けるマサキに、少年は言った。
「実験中に消えたポケモンたち、どこかで生きてるんじゃないかって思うんです」
何気ないはずの言葉に、マサキの目が見開かれる。しかしアサギは気づくことなく話を続ける。
「転送装置は、異次元を通してポケモンを転送するんですよね?」
「厳密には異次元とはちゃうけど、似たようなもんやな」
「だったら、ポケモンたちは別の場所に転送された可能性もあるだろうし、ひょっとしたら異次元で生きてるんじゃないかって思ったんです」
「何でそう思うんや?」
少し考えて、またアサギが話す。
「転送装置やモンスターボールは、ポケモンを預けたり入ってもらうには、明らかに物理法則を超えています。にも関わらず、彼らを出したら、元の大きさに戻る。
 これって、ポケモンたちが異次元でも、自己を保ったまま存在できる。だからこの空間に存在しなくても、生きているかなって考えたんです」
マサキはじっと少年を見る。
「君の理屈から言うと、実験中に戻らんかったポケモンたちは、生死に関わらず、わいたちと会うことはでけへんよな?」
「…そう、ですね…」
ガックリと頭を垂れるアサギ。どのみち、ポケモンたちが戻らない事実には変わりないのだ。
 落ち込むアサギの肩を、研究者の青年がポンと叩く。
「もう会われへんかもしれんが、どこぞで生きとる思えたほうがええな」
話すマサキは、優しい笑みを浮かべている。
「ひょっとしたら将来、彼らと会うことができる方法が見つかるかもしれへんしな」
「僕が見つけます! 研究者になって、彼らと会える方法を探します」
一瞬だけ、マサキは悲しそうな表情になったが、アサギが気づく前に、優しい笑みに戻る。
「期待しとるよ。未来の研究者くん」
「任せてください!」
 ポケモンタワーの外は、雲ひとつ無い透き通った青空がひろがっている。
 二人は一度だけタワーを見て、そのまま立ち去った。

 世界の、ひょっとしたら世界を超えたどこかにいるポケモン達のことを思いながら。



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