山吹色の交差路


 白い天井白い壁に白い床。灰色のドアが無機質な印象を与えている。
静寂が似合うはずの場所に、何かが倒れる音が響いた。
「な…俺のニドリーノが…」
地面に倒れているニドリーノを呆然と見つめている男は、黒づくめの服で、胸元に赤い文字で「R」と書いてある服を着ている。
知っている人は、彼がロケット団の人間であるとすぐにわかるだろう。
目の前にはフシギバナのみ。
トレーナーの姿は見えないが、鍛えぬかれた動きと技は、明らかにトレーナーがいるポケモンであろう。
「ひょっとして、きさまのトレーナーが、最近俺たちの邪魔をするガキなのか?」
男が体をガタガタさせながらしゃべるが、当然、ポケモンが答えるはずがない。
代わりに、フシギバナの背中から黄色い粉が吐き出される。
「なんだ!?」
とまどいの表情を浮かべ、あたりをキョロキョロと見回していた男だが、やがて動きが鈍くなり、目の焦点が合わなくなる。
程なくロケット団の男は、ひざを折るように倒れてしまった。
 粉が霧散し、視界が晴れたとき、通路の影から一人の少年が姿を現す。
茶色のツンツン頭、黒いシャツに紫のズボン。
ポケモン研究の権威、オーキド博士の孫で、ポケモンチャンピオンを目指すセイジである。
「ロケット団様が情けねえなー。1匹のポケモンにやられてるんじゃねーよ」
言いながらセイジは、倒れているロケット団員を見下ろす。
セイジの存在には気付きもせず、男はスースーと気持ちよさそうな寝息を立てている。
先ほどの黄色い粉は、眠り粉だったようだ。
「さっき、こいつが気になることを言っていたな」
フシギバナに男を近くの物置部屋に運ぶように命じてから、つぶやく。
男は「最近俺たちの邪魔をするガキなのか?」と言っていた。
「…あいつか…」
心当たりがあるセイジは、あきれ顔で大きなため息をついた。


 ヤマブキシティに、ロケット団がはびこっている。

 最初に聞いたとき、セイジは「自分には関係がない」と思った。
だが、ロケット団の影響で、ヤマブキジムは閉鎖されていた。
バッチを手に入れるためには、ロケット団をどうにかしなければいけない。
面倒なことになったと考えていたときに、セイジは、ロケット団に占領されたシルフカンパニーの巨大なビルに乗りこむ一人の少女を見かけた。
ダークブラウンの髪に白い帽子、水色のシャツにミニスカート、黄色いバッグを持った少女を、セイジはよく知っている。
隣人で幼なじみでライバルの、もえぎ。
ついでに、セイジに片思いの相手でもある。
「あいつは、また厄介事に首を突っ込む気だな」
おせっかいで突っ走るもえぎは、ロケット団を何とかしようと、単身、ビルに乗りこんだのであろう。
もえぎの実力を、セイジは誰よりも知っている。
ロケット団の手下を倒すくらいなら、彼女にとっては朝飯前だろう。
しかし、ロケット団は何人いるかわからないし、卑怯な手で相手を陥れようとするかもしれない。
それに、幹部クラスや、下手をするとロケット団のボスが出てくる可能性もある。
「仕方がない。俺が先回りしてロケット団をつぶしておくか。
 ったく、世話焼かせやがって」
ブツブツ言いながらも、セイジはもえぎの後に続き、ビルの中へと入っていった。


「かなりの人数、動けないようにしたと思うんだけどな」
 シルフカンパニー独自のワープパネルを移動しながらセイジが言う。
エレベーターも階段もあるが、社長室などの重要な場所に行くためには、このビルはワープパネルを使うしかないらしいと、移動しながらセイジは認識した。
一つの特殊なパネルに乗ると、別の場所にあるパネルへと勝手に連れて行かれる。
社長室に、ビルを乗っ取っているロケット団の指導者がいるはずだとにらんだセイジは、奥にある、わかりにくいパネルに優先して乗り、移動する。
偉い人間がいる場所に行く方法は、わかりにくくしているであろうと考えたのだ。
移動をしながらセイジは、ロケット団や、ロケット団に寝返ったシルフカンパニーの社員を倒していく。
自分のことがばれるのは得策ではないと判断したセイジは、相手の前には姿を見せず、ポケモンだけを前に出し、彼らに戦闘を任せた。
腕が立つ相手だと使えない方法だが、相手の力はたいしたことがなかったので、セイジは顔を見られずに進むことができた。

 カンが当たったのか、セイジは社長室に行けそうな場所に着いた。
近くには人の気配はないが、遠くに黒い服の男が見える。
セイジはもう少し近づこうと、モンスターボールに手をかけながら進み始めたとき。
「なにしてるの、セイジ?」
いきなり、後ろから声をかけられた。
びっくりして振り返ると、幼なじみの少女が不思議そうな表情を浮かべ、立っている。
「も、もえぎ」
動揺を隠し、セイジはいつもの小バカにしたような笑みを浮かべて返事をする。
「おまえがここに入っていくのを見たから、後を追いかけてみたんだよ。
 なのに、どうしてもえぎが後ろから来るんだよ。とろいヤツだな」
「うるさい! あたしはロケット団と戦ってきたんだから仕方ないじゃん!」
「おおかた、ワープパネルで迷ったんじゃねえの?」
まだまだロケット団員や研究員がいたのかと、心の中で舌打ちをしつつ、セイジの口からは違う言葉が出てくる。
「う…セ、セイジは迷ってないの?」
「迷っていたら、誰かさんより先には来ねえけどな」
「ほっといてよおっ!」
ほおをふくらませて怒るもえぎを見て、セイジはつい「かわいい」と思ってしまう。
「で、迷いまくって戦いまくって疲れ切ったもえぎは、この先に進めるのか?」
「進めるよ! 迷いまくっても疲れ切ってもいないもん!」
「じゃあ、今、俺が戦いを挑んだら受けるんだな?」
「もちろんっ!」
答えるもえぎの手には、すでにモンスターボールが握られている。
何やっているんだ俺は。と、心の中で自分にあきれつつ、セイジもモンスターボールを手に取った。

 ラッタのひっさつまえばを喰らい、セイジのフシギバナが大きな音を立てて倒れた。
「ちっ。負けたか」
くやしそうに舌打ちをするセイジ。
「どう? 疲れてないでしょ」
もえぎが、いつもの勝ち気な笑みを浮かべると、ドキリとセイジの胸が鳴る。
セイジが一番好きな、もえぎの笑み。
「ふ、ふん。ちょっとはマシになったみたいだな」
フシギバナをボールにしまうと、動揺している自分を見られないように、もえぎに背を向ける。
「じゃあ、あたし行くね。ロケット団をやっつけないと」
もえぎもセイジに背を向け、先に進もうとする。
「待てよ」
「…え?」
振り向いたもえぎに、セイジは何かを投げる。
「俺と戦ってヘロヘロの状態で行くなんてバカかおまえは」
「バ、バカってね…」
言い返そうとしたもえぎは、自分の手に持っているものを見て言葉を止める。
手の中には、すごいきずぐすりとピーピーエイダー。
「そいつで体力と技を回復しておけよ。
 俺様と戦った後にロケット団のヤローと戦ってもやられるだけだろうが」
「セイジ?」
「勘違いするなよ。おまえがここでくたばったら張り合いがなくなっちまう、って 思っただけだ。
 もえぎがロケット団を追い出してくれたら、俺も得するからな」
背中を向けたまま、セイジは手をパタパタと前後に振る。
「いいから、とっとと行け」
道具を持ったまま、しばらくキョトンとしていたもえぎだが、その後すぐに満面の笑みになる。
「ありがとう、セイジ!」
「ふん」
もえぎの言葉に、セイジはほおを赤らめる。
背中を向けていて良かったと心から思う。
「じゃあ、あたし行くね。
 次のバトルも負けないから!」
「なーに言ってんだ。次は俺が勝つ!」
もえぎはニッコリと微笑むと、そのまま通路を走っていく。
幼なじみの少女は、すぐに姿が見えなくなってしまった。
「突っ走っているもえぎを止めるのは、やはり不可能なのか?」
もえぎの背中を見送りながら、ポツリとつぶやくセイジ。
「眠り粉が使えなかったのは痛かったな」
ロケット団達と戦ったとき、眠り粉を使い切ってしまったのだ。
「まぁ、でも今のあいつなら、ロケット団のボスは倒せそうだな。
 心配する必要もなかったみたいだ」
戦いの中で感じた、確かな手応え。
自分も強くなったつもりだが、もえぎも確実に強くなっていることをセイジは実感する。

「いつまで、ライバルのフリができるだろうか」
もえぎが走り去った通路をしばらく眺めた後、セイジはそのまま来た通路を引き返した。

あとがき→


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