お砂糖とスパイスと素敵なもの


 女の子ってめんどくさい。って思うことがたくさんある。


 あたし、もえぎが目指すのは、ポケモンバトルのチャンピオン。
ポケモンと協力し、力と技を駆使してバトルに勝っていくって、カッコイイと思わない?
ポケモンの全てを理解し、ポケモンと一体になる瞬間が大好きなの。

 10歳になったら、オーキド博士からポケモンがもらえる。
あたしは10歳になる前から、早く自分だけのポケモンが欲しいって思ってた。
自分のポケモンを育てて強くして、チャンピオンになりたいってずっとずっと思ってた。
 昔、ポケモンを手に入れる前、パパとママに「チャンピオンになりたい」って話したことがあるの。
パパとママはびっくりして「女の子はチャンピオンを目指さなくていいんだよ」って言った。
いつ話したかは忘れたけど、何で反対されたのかわからなくて、理解してくれなかったことが悲しくてくやしかったことだけは覚えてる。
アサギが「気にするな。自分のやりたいことをやればいい」って言ってくれてうれしかったな。あの時は。


 最初にゼニガメのカメたろうに会って、ポケモンバトルを始めてからも、いろんな事を言われた。
あたしがバトルに勝つたびに、いろんな男の子が「女のくせに」「女の分際で」「女だと思って油断した」とか言ってくるし。
 本当にイヤになっちゃう!
バトルに性別なんて関係ないじゃん。
強ければ勝つ、弱ければ負ける。
強さとか弱さには色々あるけど、男とか女とかは関係ないよね。
ほとんどのポケモンだって、オスとメスの能力差は無いって言われているのに、何で人間だけは差別するの?


 そうやって戦って戦って戦って。
とうとうポケモンバトルのチャンピオンになったあたし。
女の子でも関係ない。やればできるんだって、今まであたしを女だから扱いしていた奴に言ってやりたかった。


 とはいえ、チャンピオンになったからといって油断は禁物。

 さらなる向上のために、その日もハナダの洞窟で修行をしていたの。
体力も尽きてきたから、そろそろ帰ろうと思ったときに、セイジと出くわした。
「なんだ。てめえもここで練習してたのかよ」
幼なじみで一番のライバルであるセイジは、相変わらず憎まれ口を叩いてくる。慣れっこだから何とも思わないけど。
「だって、ここのポケモンが一番強いんだもの。あ、今はバトルは受けられないよ。ポケモンたちがクタクタだからね」
「そりゃ仕方ねえな。俺のポケモンの疲れてるし。もっとも疲れていたって、元気バリバリのもえぎのポケモンより強いけどな」
「なに言ってるのよ。そういうことは、チャンピオンバトルであたしを倒してから言いなよ」
「ちぇ。だが、次のチャンピオンバトルは覚えてろよ。ぜってー、もえぎに勝ってやるからな!」
キッパリと言い放ち、こっちにビシッ。指をさすセイジ。
けどあたしは、何をするわけでもなく笑って相手を見ている。
「何だよ。ニヤニヤしやがって。それとも、やっぱりバトルをする気にでもなったか? 体力を回復させてかまわないぜ」
「そうじゃなくって」
笑ったまま、あたしは言葉を続ける。
「セイジはあたしに『女のくせに』とか言わないなって思ったの」
「なんだそりゃ?」
奇妙な表情を浮かべるセイジに、さらに話をする。 「あたしね、男の人とバトルをすると、よく『女のくせに』って言われるの。
 だけどセイジは全然言わないから、それがうれしいって思ってさ」
「ふん。棒っきれ体型のてめえを、女って思う方が無理だっての」
あたしに見下したような視線を送り、いつものごとく悪口を言うセイジ。
 さすがのあたしも、これには少しカチンときた。
「なによ! 棒っきれって! いくらなんでも失礼じゃない!」
反論がくるかと思ったが、セイジはなぜかそっぽを向く。
なんなのよと思ったあたしに、ポツリと言った。

「もえぎに勝つからうれしく、もえぎに負けるからくやしいんだ」

 少しの間、あたしは言葉の内容を理解できなかった。
「え…?」
「言っておくがっ」
聞き返そうとしたあたしを遮るかのように、セイジが勢いよくしゃべる
「あくまでもライバルって意味だからな! ライバルだぞ! ラ・イ・バ・ル!! 他意はないからな絶対!!」
まくし立てるセイジの顔は、なぜか真っ赤。
あたしが話す隙を見つけられないうちに、相手は背を向けた。
「俺は帰るぞ。ポケモンが疲れているならば、早くてめえも帰りやがれ」
言うや否や、セイジは『あなぬけのひも』を取り出す。
「ちょっと待ってよ」
「…俺は、もえぎが女で良かったって思うけどな」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でつぶやいたセイジは、あっという間に洞窟からいなくなってしまった。
 後には、あたし一人が残される。
「なんなのよ、もう」
少し前までセイジがいた場所を見て、あたしはさっきの言葉を反すうする。
『もえぎに勝つからうれしく、もえぎに負けるからくやしいんだ』
男とか女とかでなく、セイジはあたし自身を認めてくれた。そう思うと心がじんわりと温かくなる。
自分を見てくれていることが、なんだかうれしい。
「ありがと、セイジ」
誰もいない空間に向かって言ったときに、セイジの去り際の言葉も思い出す。
『もえぎが女で良かった』
「あれ?」
あたしの事を棒っきれとか話していたセイジが、なんでそう言ったんだろう?
「あれ? 顔が熱い。あたし、そんなに怒ってるのかな?」
ひんやりした洞窟の中にも関わらず、顔が熱くて、汗まで出てきている。
ううん。顔だけじゃなくて、胸の奥も熱い。
怒りじゃなくて、もっともっと突き動かされそうで、でもくすぐったい気分。
「セイジの事を考えると、たまにこうなるんだよ。どうして?」
のぼせて混乱する頭では、この感情がなんだかわからない。
女のくせに言われるのが嫌いなあたしなのに、セイジに言われたときだけは嫌じゃない。
それだけはわかる。

「変だ。変だ。あたし、絶対に変だ」
早鐘を打つ心臓を抑えながら、あたしはうわごとのようにそう言った。


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