同じ時間


いつまでも同じではいられない。
わかってはいるんだけど。


カチャ、カチャカチャ。
マサラタウンのとある家。
二階の自室で、赤いベストに水色のズボンをはいた、ダークブラウンの髪の少年が、モンスターボールをいじっていた。
「また何か作ってるの、アサギ?」
水色のシャツに赤いミニスカート、背中の半分を覆う、ダークブラウンの髪。少年と似ている少女が声をかける。
「あ、もえぎ。モンスターボールをネットボールに改造してるんだ」
アサギと呼ばれた少年の横に、ネジやバネや網が転がっている。
「奥の接続部に網を引っかけたら、ボールが開く勢いで網が出るかなと思ってさ」
「おもしろそう!できたらあたしにも使わせてね」
「いいよ」
機械や道具をいじるのが好きなアサギは、時々、道具の改造をする。
普段は慎重な行動しかしないアサギの、数少ない変わった趣味とも言える。
失敗することも多いため周りによくあきれられるが、もえぎだけは常に応援してくれるのだ。
結構抜けたところがあり、普段はアサギをヒヤヒヤさせているもえぎだが、こういうときの賛同は、なんだかうれしい。
楽しんでいるだけかもしれないが、気にしない。
「これが成功したら、セイジにも使わせてみたいよな」
「うーん。ちょっと無理なんじゃん?」
「やっぱりダメか」

アサギともえぎの隣人で幼なじみのセイジは、アサギの機械いじりをことごとくバカにする筆頭の一人。
普段、アサギはセイジをからかっているせいか、改造が失敗すると、これ幸いとばかりにセイジはバカにする。
最近では何かいじっていると、それだけでからかいにくる始末だ。

「セイジといえばさ」
アサギの隣に座りながらもえぎが口を開く。
「ポケモンリーグで教えるって言ったこと、まだ教えてくれないんだよ」
むくれてしゃべるもえぎに、アサギは苦笑する。
(あいつ、まだ伝えてないんだ)
セイジがもえぎを好きなことに、アサギはしっかり気づいている。
お互いケンカをしてばかりだが、ずっと見ていればセイジがもえぎをどう思っているかなんてすぐわかる。
気づいてないのは、オーキド博士ともえぎ本人くらいだろう。
(セイジも難儀なヤツを好きになったよな。もえぎの、恋愛方面に対する鈍さはチャンピオン級だぞ)
「何ニヤニヤしてるの?」
むくれたままでもえぎが言う。
「セイジも素直じゃないな。と思ってさ」
「本当よね」
言いたいことがあるならさっさと言えばいいのに。と文句を言うもえぎを見て、アサギは声を出さずに笑う。
端から見ていると、まるで喜劇だ。
いじらしい、かわいい恋。アサギは協力こそしないが、心の中では応援している。


だけど、ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけだが、アサギの胸にモヤモヤがある。

兄弟として、幼なじみとして、それこそ赤ん坊の頃から三人一緒に育ってきた。
ケンカはしょっちゅうしてるけど、ずっと一緒で。
恥ずかしくて口には出せないけど、大好きな仲間で友達でライバルで。

でも、いつの日からか、セイジはもえぎに恋をして、アサギはそれに気づいてしまい。
三人の関係は変わった。
表面上は同じでも、心の奥の意識は前とは違う。


三人いればただ楽しかったあの頃には、もう戻れない。


心の隅に引っかかるモヤモヤは、寂しさか、悲しさか、懐かしさか・・・置いてけぼりにされたような焦燥感か。


「でさ、アサギ」
もえぎの呼びかけに、ハッとアサギは我に返る。
「な、何?」
「普通、怒鳴っている人を黙らせるのに、キスなんてしないよね?」
ゴトンッ。
かなり予想外な発言に、アサギは持っていたドライバーを落としてしまった。
「だ、大丈夫?」
「あ、あ、ああ・・・」
いささか混乱している自分を自覚し、深呼吸をして落ち着かせる。
「で、セイジにキスされたのか?」
「え!?ど、どど、どうしてわかったの!?」
目を見開いて顔を真っ赤にし、どもりながら答えるもえぎ。
(わからないわけないだろ)
双子の姉の答えに、アサギはあきれを通り越して、セイジに同情する。
「ねぇ、どう思う?」
赤くなりつつ真顔で聞くもえぎに「たまにはそういう奴もいるんじゃん?」と適当にお茶をにごしておく。
(あいつ、そこまでやっといて告白してないのかよ)
またからかう材料ができた。とアサギはほくそ笑んだ。


お手製ネットボールを完成させ、もえぎと共に試すために外に出たとたん、セイジと鉢合わせになった。
「よぉ。また失敗しにいくのか?」
いつもの悪口。タイミングが良すぎるあたり、わざわざからかう為に出てきたのであろう。
「失敗するとは限らないだろ?」
「成功したところは見たことねーけどな」
「何だと?」
アサギはズカズカとセイジに詰め寄り、腕をつかむ。
「ちょ・・・ケンカはダメだよ」
もえぎが止めるが、二人とも止める気配はない。
「あん?やんのか?」
「もえぎにキスしたんだって?」
セイジにしか聞こえない小声で、アサギはボソリとつぶやく。
とたんに、セイジの顔が真っ赤になった。
「な、なな何の事だよ!?」
明らかに動揺している彼を見て、アサギはニヤリと笑う。
「しらばっくれてもムダムダ。もえぎが自分で言ってたんだからさ」
「あ、あいつ・・・」
「もえぎー。セイジも一緒に行くってさ」
目を白黒させるセイジを無視し、もえぎに声をかける。
「珍しい。セイジがアサギの実験につきあうなんて」
「ちょっと待て!俺は行くって言ってね・・・」
「オーキド博士とナナミさんに告げ口しちゃおっかなー」
再び小声でつぶやくアサギの言葉に、ウッとのどを詰まらせるセイジ。
完全にセイジが劣勢だ。
「じゃあ行こうか、セイジくん」
アサギは、真っ赤になって怒りを抑えているセイジの腕を取り、ズルズルと引っ張っていく。
「三つあるから、一人一個ずつな」
「最初、あたしが使いたい!」
「何で俺まで・・・」
透き通るような空の下、三人は仲良く(?)マサラタウンを後にした。


いつまでも同じでいられない。一緒にはいられない。
でも。
今は、もう少しだけ、三人で過ごしたいんだ。


あとがき→


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