手をつなげば


 ハナダシティの北西部にある、ハナダの洞窟。
屈強なポケモン達が住むこの場所は、一般トレーナーが訪れることはほとんどない。
強さを求めるわずかなトレーナー達が、足を踏み入れるのみである。


 一人の少年が、ハナダの洞窟の奥へと進む。
逆立った茶髪に黒いシャツ、紫のズボンをはいた少年は、ポケモンリーグで四天王を倒したセイジである。
 立ちはだかるポケモンを次々と退け、わき目もふらず奥へと進んでいく。
 修行のために何度もこの洞窟に入ったことがあるセイジだが、今日はいつもの表情が違う。
「奥にいるんだっけな、ミューツー…」
研究所の廃墟で見た日記から『遺伝子ポケモン・ミューツー』の存在を知り、ハナダの洞窟で見かけてから、図鑑完成のためにいつか捕まえようと考えていた。
そして、自分のポケモンがミューツーを捕らえることができるレベルまで達したと判断したセイジは、普段は行かない最深部まで足を運んでいるのだ。

 ハナダの洞窟の奥深く。
わずかながらも複雑な流れがある深い湖の奥、切り立った崖に囲まれた島のような場所に、ミューツーがいる。
静かに建っているが、立ち居振る舞いに隙はなく、下手に近づこうものならすぐに攻撃されるだろう。
「一気に近づいて、まずはマヒや眠りで動きを止めるか…」
「セイジ?」
 不意に後ろから名前を呼ばれた。
ミューツーに集中していたセイジは驚いたが、なんとか顔には出さずに振り向く。
 ダークブラウンの長い髪に白い帽子、水色のシャツに赤いミニスカートという出で立ちの少女が、驚きも隠さずに立っている。
セイジの幼なじみでライバルのもえぎ。ポケモンリーグのチャンピオンで、セイジとは何度となく戦ったことがある。
 そして。
「て、てめえが何でここにいるんだよ!?」
もえぎを睨みつけるセイジだが、明らかに動揺し、よく見ると顔を赤らめている。
 チャンピオンを目指して旅をはじめたときから、セイジはもえぎに片思いをしている。
普段はライバルとして振る舞っているが、見る人が見ればすぐにわかるだろう。
もっとも、もえぎは恋愛方面に関しては非常に鈍いため、セイジの気持ちに気づいている様子は全くない。
「何でって、ミューツーを捕まえに来る以外に、ここに用事はないでしょ?」
「捕まえるって簡単に言うけどな。おまえのポケモンで大丈夫なのかよ?」
「大丈夫ですよーだ。しっかり訓練してるからね。それにあたしには秘密兵器があるし」
「秘密兵器?」
「秘密って言うくらいだもん。教えないよ」
「別にいいよ。どうせ、たいしたことねえんだろ?」
「失礼ねっ!」
 アカンベーをするもえぎを、ついかわいいと思ってしまうセイジだが、すぐに気を取り直してミューツーを見つめる。
やはり、遺伝子ポケモンに隙はない。
「図鑑完成という目的を考えると、どっちが捕まえても変わりねえよな」
「そうだね。でも…」
「それじゃ面白くねえってか?」
にやりと笑って尋ねるセイジに、もえぎも笑みを返す。
「どっちが捕まえるか、競争だよ」
「上等だ!ギャラドス!」
「カメたろう!」
 セイジがギャラドスを、もえぎがカメックスを出す。複雑な流れを押し切って一気に湖を渡り、ミューツーの前に躍り出た。
 ミューツーは一瞬驚いた様子だったが、すぐに二匹に星形の光をぶつけてくる。
「スピードスターよ!避けらんない!」
「避けらんねえなら受けるだけだ。ひるむなギャラドス!しめつける!」
ダメージをものともせず、技を放った直後の隙をつき、ギャラドスがミューツーの体を締めつける。
だが、力を入れる前にミューツーは脱出をした。
「ちっ」
「ちゅうた!でんじは!」
 もえぎはカメックスからライチュウに交代し、ミューツーをマヒさせようと技を放つ。
しかしこれもミューツーのスピードスターに阻まれた。
「さすがに強いわね」
「ボサッとすんなよ。また攻撃してくるぞ」
 空中に浮いたミューツーが、再びスピードスターを放つ。
避けようとしても命中する攻撃を受け、ギャラドスとライチュウが、島の端に吹っ飛ばされる。
「交代だ!フシギバナ!」
 セイジもポケモンを変え、ミューツーと対峙する。
遺伝子ポケモンは、いつでも攻撃できるように構え、二人を睨んでいる。
「あの強さなら、ちょっとは無茶やっても倒れねえな。フシギバナ、ソーラービーム!」
フシギバナに光が集まり、収縮した光の玉が一気に放たれた。
強力な攻撃はミューツーに直撃。さすがに防御しきれず、ミューツーはダメージを食らってしまう。
「ちゅうた!もう一回でんじは!」
 相手がよろけた隙に、再びもえぎが電磁波を撃つ。今度はミューツーも防げず、マヒしてしまった。
「フシギバナ、からみつく!」
 動きが鈍くなったミューツーに、追い打ちをかけるようにフシギバナの蔓が絡みついた。
ほとんど動きが取れない状態のミューツーは、悔しそうに相手を睨んでいる。
「これでだいぶ有利になった。…って、まだなんかしてくるよ」
「またスピードスターか!」
「もう一回カメたろう。でもってハイドロカノン!」
すかさずカメックスを出したもえぎ。カメックスの両肩についている砲口から、大量の水の弾丸が発射された。
水系最大攻撃のハイドロカノン。マヒと蔓で動けないミューツーに、強力な技が炸裂する。
「おいおい。倒したりしてねえだろうな」
「これで倒れたら苦労はしないよ」
 水しぶきの中から、遺伝子ポケモンの姿が見える。相変わらず鋭い視線を向けているが、ダメージは隠せないようだ。
「今だ!」
 もえぎとセイジの手にあるのはハイパーボール。弱っているミューツーに向かって、二つのボールが投げられた。
 しかし。
 ミューツーの目の前で、ボールは二つともはじかれた。
「まだボールをはじく元気があるの?」
「マジかよ…って、あれは…」
 ミューツーの体が、白い光に包まれている。自らを癒す、暖かな光。
「じこさいせい…回復までできるんだ」
「それに、もうあいつをマヒさせることはできないな」
自己再生の暖かな光と共に、ミューツーを金色の光が覆う。
「しんぴのまもりまで使えるとはな」
状態異常を防ぐ、神秘の守り。しばらくの間はマヒや眠りなどが効かない。
「こりゃあ、捕まえ甲斐があるな」
「ねえ、ミューツーの頭上が歪んでるよ」
「スピードスターじゃねえな。あれって…」
頭上のゆがみは大きくなり、空間がうねうねと動いている。
「やばい!『サイコキネシス』だ!」
 セイジが叫ぶと同時に、見えない衝撃が二人のポケモンに向かって放たれた。
「フシギバナ!」
「カメたろう!」
防御が間に合わず、二匹のポケモンはまともに攻撃を食らい、大きな音を立てて倒れてしまった。
二匹がいた場所に亀裂が走り、島の端が崩れ落ち、石や土が遙か下の湖に落ちていく。
「フシギバナとカメたろうが…」
「おいおい。サイコキネシスってあんな強い技だったっけか?フーディンの技と段違いだぜ」
「潜在能力が高いって事ね。でも負けないんだから」
「もちろん」
 倒れたポケモンをボールに戻し、セイジがピジョットを、もえぎがバリヤードを出す。
「やっぱりピジョットを出したね」
「どうしてバリヤードなんだ?そいつじゃまともな攻撃はできねえだろうが」
防御技が得意なバリヤード。その分、攻撃はさほど得意ではない。同じエスパータイプのバリヤードでミューツーにダメージを与えるのは厳しいだろう。
「確かに、バリヤンだけだとまともに攻撃できないけど」
ミューツーを見つめたまま、少女は続きを口にする。
「競争って言ってられる状態じゃないからさ」
勝ち気な笑みを浮かべ、もえぎが答える。
 セイジが一番好きな、笑顔で。
「…そうみてえだな」
セイジもつられて微笑み返す。
 が、すぐに二人は戦闘態勢になり、ミューツーへと体を向ける。
「防御は任せたぞ、もえぎ」
「了解」
 ミューツーを睨むと、セイジは体制を整えたピジョットに指示を出す。
「でんこうせっか!」
再び動けるようになったミューツーに、ピジョットの素早い攻撃が炸裂する。
「…ガッ…」
苦しそうに顔を歪めるミューツーだが、再びサイコキネシスを撃ってくる。
「ひかりのかべ!」
見えない衝撃波が届く前に、ピジョットの目の前に光が現れ、攻撃を分散する。
「電光石火が効くって事は、たたみかければ何とかなるかも」
「もえぎ」
再度ピジョットに電光石火を命じたセイジが、もえぎに話しかける。
「なに?」
「秘密兵器ってやつを使えば、すぐにあいつを捕まえられるのか?」
「え?うん。確実に捕まえられるよ」
スピードスターをリフレクターで防ぎながら、もえぎが答える。
「じゃあ、さっさとそいつを使え」
「で、でも、そうしたらあたしの図鑑に…」
「競争って言ってられる状況じゃねえだろ?」
言って、セイジはピジョットに次の指示を与える。
「隙を作る。その間に秘密兵器とやらを使え」
幼なじみの言葉に、もえぎは勝ち気な笑みを浮かべた。
「わかった」
「よし。ピジョット『そらをとぶ』!」
ピジョットの体が洞窟の天井ギリギリまで上がる。ミューツーも上を見上げ、見えない衝撃波を繰り出そうと手を広げる。
「今だ!」
ミューツーがピジョットに気を取られた隙に、もえぎは、見たこともない紫のボールを投げた。
「ガアアァァァッ!!」
 サイコキネシスがピジョットに直撃したと同時に、ミューツーは断末魔をあげ、ボールに吸い込まれていく。
 ピジョットが気を失って落ちてきたときには、ミューツーがいた場所にボールが転がっていた。
「これってシルフカンパニーの…」
「どんなポケモンも必ず捕まえる、マスターボール」
バリヤードを戻したもえぎが、少しだけきまり悪そうに言う。
「そりゃあ秘密兵器だな。だから今まで使わなかったんだ」
「まあね。だって競争にならないじゃん」
 遺伝子ポケモンを捕獲したマスターボールの元へと向かうもえぎ。
ボールを拾おうとかがんだとき。

 もえぎの足下が崩れた。

「うそっ…」
「もえぎ!」
 セイジはあわてて駆け寄り、落ちそうになるもえぎの手をつかむ。だが地面は、セイジが立つ場所まで崩していく。
「くっ…!」
空いた左手で、崖と化した淵を掴んだため、深い湖への落下は免れた。
二人のはるか下で、湖が複雑に流れている。
セイジの左手一本で、二人分の体重を支えている状態だ。
「もえぎ、オニドリルを出せるか?」
「無理だよ。マスターボールを持ってるもん」
セイジに掴まれているのとは反対の右手に、ミューツーが入ったマスターボールを持っている。
「じゃあ、右手は上がるか?左手首を掴んでいるから、手のひらは空いてるだろ。そっちにボールを…」
「手を離して」
セイジの言葉を遮り、もえぎが言う。
「ボールを持ち替える余裕なんてないよ。あたしが落ちる前にスズちゃんを出すから…」
「何言ってんだ!そんなことできるわけねえだろ!」
「大丈夫。あたしを信じて」
「そういう問題じゃねえ!!」
状況にかまわず、セイジが怒鳴る。もえぎの腕を握る手に力がこもる。
「てめえの実力くらい知ってる。今のままじゃやばいのもわかる。でもな…」
崖をつかむ手に血がにじんで岩と手を汚すが、かまわずセイジは叫ぶ。
「一瞬でも、手を離したくねえんだよ!!」
 少しの間あっけにとられたもえぎだが、すぐに真顔に戻る。
「もう少し頑張って」
もえぎがボールを持つ右手を上げる。震える手で、どうにかボールを持ち替えようと奮闘する。
 崖が少しずつ崩れていく。地面を支えるセイジの手は、段々と力を失っていく。
「大丈夫?」
「しゃべる…ひまがあったら…手を動かせ…」
脂汗をかき、苦しそうにしながらも、セイジはもえぎを叱咤する。
もえぎも腕に力を込め、ボールを左手に移し替えようとしている。
「持てた!」
 どのくらい時間が経ったのか。ようやくもえぎはボールを左手に持ち替えた。
「次はスズちゃんを出して…」
 オニドリルを出そうと、もえぎが手を下ろしたとたん、地面の淵が崩れた。
「マジか!?」
何とか崖に手をかけようとするセイジだが、手はむなしく空を切る。
 手を握ったまま落ちる二人。抜けそうになるもえぎの手を、力の限りセイジは握りしめる。
「セイジ!」
「もえぎ、頼む!」
 セイジの声に答えるように、もえぎは腰についているモンスターボールを掴み、開閉ボタンを押した。
勢いよくオニドリルが飛び出す。
「スズちゃん、あたし達を掴んで!」
オニドリルがもえぎとセイジを掴み、ミューツーがいた島とは別の地面まで飛んでいく。
ゆっくりとスズちゃんは二人を下ろす。
 岩の地面に下りた二人は、へなへなとその場にへたり込んだ。
「助かった…」
「今度ばかりはさすがにやばかったな」
今更ながら冷や汗が背中を伝う。一歩間違ったら死んでいたかもしれないのだ。
「左手、ケガしちゃったね」
 もえぎはセイジの左手をそっと開く。岩の破片が食い込み、手のひらが血で真っ赤に染まっている。
「こんくらいかすり傷だ。どうってことねえよ」
「ごめんね。あたしの不注意でセイジまで巻き込んじゃったね」
「おめえのせいじゃねえよ」
言って、セイジは右手でもえぎを引き寄せ、そのまま抱きしめた。
「セ、セイジ!?」
「おまえが無事で良かった」
突然の行動に戸惑っていたもえぎだが、そのままセイジの胸に頭をつける。
「セイジも無事でよかった」
頬をピンクに染めながらポツリとつぶやき、セイジの左手を握った。
「痛えっ!」
ケガをしている手を握られ、反射的にセイジは飛び退く。
「うわ。ご、ごめん」
「左手は勘弁してくれ」
「本当にごめん。大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど…」
セイジはもえぎの手を取り、手のひらを上に向ける。
「血が付いてるぞ」
 と言ったところで、セイジはふと我に返る。
(ちょっと待て。俺はなぜもえぎの手を握っているんだ?)
意識したとたん、セイジの顔が真っ赤になる。
(それだけじゃなくて、さっきもえぎを抱きしめて。それだけじゃねえ。もえぎに手を離せと言われたときに、なんて答えたっけ?)
必死になっていた間の自分の行動と言動を次々と思いだし、そのたびに顔の赤みが増していく。
「どうしたの?」
 すっかりゆでダコになったセイジを見て、もえぎが首をかしげる。
「いや、その、あの、ああもう!」
セイジは左手でハンカチを取り出すと、ガシガシともえぎの手を拭く。
「ちょっと、そっちケガしてる手…」
「だ、大丈夫だっ」
もえぎに言われ、恥ずかしさで忘れていた痛みを思い出す。が、やせ我慢してハンカチをしまい、そのまま勢いよく立ち上がる。
 クルリと背中を向けると、そのまま歩き始めた。
「ねえ、どうしたのよー」
あわててもえぎも立ち上がり、セイジの後を追いかけようとする。
 しかし、セイジはその場に立ち止まると、再びもえぎに向き直る。
「セイジ?」
体中真っ赤にしながら、ぎこちなくセイジが右手を差し伸べる。
「帰るぞ」
一瞬、キョトンとしたもえぎだが。
「うん。帰ろう!」
すぐに笑顔を浮かべ、セイジの手を握った。


 穴抜けの紐で、洞窟を脱出した二人。
「おめえボロボロだな」
「セイジだって」
ミューツーとの戦いや、崖から落ちかけたアクシデントで、服はすり切れ、体じゅう泥と傷だらけになっている。
「まあ、生きて帰ってこれたし、ミューツーもゲットしたから万々歳か」
「そうだね」
「どうしたんだよ。さっきからニヤニヤしやがって」
セイジの指摘通り、もえぎは洞窟を出てからずっと笑っている。
「だって、今日のセイジ優しいんだもん」
「は?」
「ずっと手をつないでくれているしさ」
「…え?」
洞窟を出る前から、ずっともえぎの手を握りしめていることに、今更ながらセイジは気づいた。
「え?あ、あの、これはだなっ」
セイジが手をふりほどこうとする前に、もえぎがもう片方の手を重ねる。
「嬉しいな」
本当に嬉しそうに、もえぎが言う。
 満面の笑みを見せられたセイジの目は泳ぎ、湯気が上がるのではないかというくらい真っ赤になった。
「どうしたの?さっきから赤いけど」
「な、なんでもねえ。洞窟から出たから赤く見えるだけだろ」
「そう?ケガのせいで熱が出たりしてないよね」
「だ、だだ大丈夫だっ!」
 しばらくの間、落ち着かない様子でオロオロしていたセイジは、しかし唇をかみしめ、握る手に力を込める。
「…そんなに嬉しいんなら、ハナダシティまで手をつないでやるよ」
「ほえ?」
セイジの言葉に、もえぎはキョトンとしたが。
 遅れて、少女の顔も真っ赤になった。
(あれ?)
予想外の反応に、セイジはさらに戸惑う。
「お、おい。なんでてめえまで赤くなるんだよ。今頃ガキっぽくて恥ずかしくなったか?手ぇ離してやろうか?」
と言った後、心の中で舌打ちをした。自分のひねくれぶりに少なからず後悔する。
 だが、もえぎは赤い顔のままセイジの手を握り返した。
「このままでいい。手、このままつなごうよ」
顔を赤らめたもえぎの、はにかむような笑顔。
 セイジの胸がドキリと鳴る。
 物心ついたときから一緒だったけど、こんな笑顔を見たことがあったかな。と、ふとセイジは思う。
初めて見る表情がくすぐったくて。でも、胸が温かい。
「行こうか」
セイジもほほえみ返し、もえぎの手を引く。
もえぎは笑顔のまま、セイジの後をついて行く。

(あの時、手を離さなくて良かった)
 崖から落ちそうになったときのことをセイジは考える。
 もえぎが「手を離して」と言ったとき、そのまま手を離しても、きっと彼女はオニドリルを出して助かっただろう。
むしろ、セイジの手の傷は浅かったかもしれない。
 でも、セイジにはどうしても手を離すことができなかった。
(本当に、離さなくて良かった)
 右手から伝わる温度を感じながら、セイジは思う。

「手を離したくないって言われて、嬉しかった」
 横を歩いていたもえぎが、ポツリとつぶやいた。
まさにその時のことを考えていたセイジは、心臓が飛び出しそうになるくらい驚く。
「セイジのケガがひどくなっちゃったけど、でも嬉しかったよ」
「し、仕方ねえだろ。万が一、手を離しておまえだけ落ちたら、寝起きが悪くなるだろうが」
照れ隠しに皮肉を言うが、もえぎは微笑んだまま、握った手に力を込める。
「あたしも手を離したくないな」
「え?」
セイジの顔がまた赤くなる。つられるように、もえぎの顔も赤くなる。
「あ、あれ?あたし何言ってんだろ」
「まったくだ」
くすぐったいような居心地が悪そうな表情で答えるセイジ。
 少し間を空けた後、再び口を開く。
「手を離したくないと言ったのは、もえぎだからな。だから…」
セイジも負けじと、手を強く握る。
「つないだままでいてやる。頼まれたって離さねえからな」
幼なじみの言葉に、もえぎは耳まで赤くなる。
「…うん」
ゆでダコのもえぎは、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で返事をした。

 泥だらけで傷だらけの二人は、しっかり手をつないだまま歩いていった。



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