二人きりになるために


 電気ポケモン達が住み着く無人発電所。名前どおり本来なら人がいない場所を、二人の少年と一人の少女が歩いている。
 先頭を楽しそうに歩くのは、どことなく顔が似ているダークブラウンの髪の少年少女、アサギともえぎ。
 彼らの後を機嫌悪そうに付いてくるのは、茶髪の髪の少年、セイジ。
 アサギは片手に持ったメモを読み上げる。
「ビリリダマ16.2%、マルマイン14.8%、コイル15.5%、レアコイル10%、ピカチュウとライチュウ0%」
「ポケモンの体力が満タンの時に、モンスターボールを投げて捕獲できる確率が、約15%だっけ?」
もえぎが会話に加わる。双子の姉である少女の言葉に、アサギはうーんとうなる。
「僕が算出した数字だから、公式とどこまで近いのかはわからないけどね」
「数字、あんまり変わらない?」
「レアコイルとピカチュウライチュウは出現数が少ないから判断できないとしても、後のポケモンが通常の期待値と変わらないんだよなあ」
「当たり前だろ」
二人の会話を聞いていたセイジが、仏頂面でポツリとツッコむ。
「ボールの中にポケモンフードを入れただけで、捕獲率が上がってたまるか」
機嫌悪そうな言葉は、幸か不幸かアサギには届かなかったようだ。
 アサギは、バトルせずに、安価なモンスターボールでポケモンを捕獲できるかどうかの実験をしているのだ。どうやら、ポケモンフードをモンスターボールに入れることで、捕獲率アップを狙っているらしい。
「ポケモンフードを入れるって手段が、単純なんだよ」
今度のつぶやきは聞こえたようだ。アサギがくるりと振り返る。
「やってみなきゃ、わからないだろ?」
「やった結果、確率が変わらねえってことか」
「変わらないことがわかるのも、立派な実験結果さ」
ひるむことなく言い切るアサギに対し、セイジは盛大にため息をつく。
「セイジは楽しくないの?」
やはり振り返ったもえぎが尋ねる。
「楽しいもんか。さっきからボールを投げて捕まえて逃げられてバトルしての繰り返しじゃねえか」
「ふーん。セイジくん、そんなこと言うんだー」
ニヤニヤ笑う、双子の弟。セイジはさらに機嫌が悪くなる。
(ちくしょう。弱みを握られてなけりゃ、ぜってーこねえのに!)
自分の立場にいらつくセイジ。
 だが。
「楽しくないなら、帰る?」
意外にも、アサギがこんな事を言い出した。
「帰っていいんなら、ぜひとも帰りたいな」
「あっそう、なら帰っていいよ」
あっさり言った後、アサギはもえぎの肩を抱く。
「僕はもえぎと”二人”で無人発電所を廻るから。”二人”で実験を続けるから、セイジはさっさと」
「俺もいる」
反射的に言い返したセイジは、直後に我に返る。「してやったり」と笑顔を浮かべるアサギ。
(くっそー! はめられた!)
腹の底が煮えくりかえるような怒りを覚えるセイジ。しかしどうにか顔には出さなかった。

 セイジはもえぎに片思い中。しかも少女本人は全く気づいていないが、アサギにはしっかり感づかれていたりする。さらにアサギは、良く言えば姉思い、悪く言うとシスコンだ。そんな彼が、セイジが抱いている恋心を面白く思うわけはない。
 よって、ことあるたびに色々とからかわれたり、ちょっかいを出されたりするのだ。


 その後もうろうろと無人発電所を廻る三人。セイジはもちろん、もえぎも少々疲れてきたようだ。
「データもだいぶそろってきたし、そろそろ切り上げようか。あそこにいるマルマインを捕まえたら帰ろう」
ようやく下らない実験とやらから解放される。と、セイジはホッとする。
 アサギたちは、モンスターボールによく似たポケモン、マルマインに近づく。すぐに「だいばくはつ」を使うマルマインだが、下手に刺激を与えない限りは問題ない。
 はずなのだが。
 目の前にいるマルマインは、何が気にくわないのか、今にも爆発しそうだ。体を震わせるポケモンの周りではバチバチと火花が散っている。
「アレ、ヤバイんじゃん?」
「本当だ」
警戒するもえぎとセイジ。
 しかし。
「とりゃあっ!」
いきなり、アサギがマルマインにモンスターボールを投げつけた。
「バ、バカ!」
ボールはマルマインを飲みこむ。が、音を立ててすぐに飛び出した。青筋を浮かべたマルマインは、爆発のカウントダウンに入る。
「やべっ!」
セイジはもえぎの手を取り自分の背後に引っ張ると、腰に付けているモンスターボールを取り出す。
「カイリキー!」
四本手の筋肉ポケモン、カイリキーが、マルマインの前に立ちはだかる。
「バリヤン!」
「じょうねつ!」
もえぎとアサギも、バリヤードとリザードンを出す。
「バリヤン、リフレクター!」
「僕たちをかばうんだ、じょうねつ!」
「カイリキー、マルマインをつかんで地球投げ!」
リフレクターにより防御力が上がったリザードンが三人をかばう。カイリキーはかばわれる前に飛び出し、爆発寸前のマルマインをつかんで、前方に放り投げる。
 一直線に前に飛んでいったマルマインは、ずっと先で閃光と轟音を立てて爆発した。爆風と振動が、伏せているカイリキーと、トレーナーをかばっているリザードンに襲いかかった。

 どのくらい時間が経っただろうか。辺りが静になってから、三人は動いた。
「大丈夫か、カイリキー」
リザードンの影からカイリキーが顔を出す。煤で黒くなっているが、元気なようだ。
「じょうねつ、ありがとう」
「戻って、バリヤン」
三人はポケモンをボールに戻すと、お互いの様子を確認する。
「みんな無事だね」
「無事だね、じゃねえだろう!」
爽やかに言うアサギを、セイジはにらみつける。
「てめえが軽率な行動をしたせいで、大変な目に遭うところだったんだぞ! ちったあ考えて行動しろ!」
「14.8%だから、捕獲できると思ったんだけどなあ」
「6.7回に1回しか捕獲できねえだろうが!」
「正確には、6.756756756756…」
「割り切れねえんだから、いちいち言わなくていい!」
ギャンギャン騒ぐセイジもどこ吹く風。アサギはニヤニヤ笑って目の前の少年を見る。
「ところでさ」
「なんだよ」
「二人とも、いつまで手を繋いでるの?」
「……え?」
指摘され、セイジは左手に暖かく柔らかい感触があることを自覚する。
「え、いや、ほら、これはだなっ、爆発しそうで一番マルマインに近かったもえぎの手をたまたま掴んで引っ張って他のことに気を取られてたからずっとそのままで…」
勢いよくセイジの顔は真っ赤。不自然な動きでまくし立てている姿は、かなり挙動不審だ。
 おかげで、もえぎの顔も赤くなっていることに気づいていない。
 双子の姉の様子を見たアサギは、気づかれないようにため息をつくと、リュックから「あなぬけのひも」を取り出す。
「そろそろ帰ろうか」
オタオタするセイジと、戸惑うもえぎの返事を待たず、アサギは穴抜けの紐を使った。


 無人発電所の入り口まで来た、双子と隣人。日は傾き、西の空を赤く染めている。
「あー疲れた。もうてめえの実験には付き合わねえぞ」
「あ、ちょっと待って」
さっさと帰るために、ピジョットが入ったボールを手にしたセイジを、アサギが呼び止める。
「なんだよ」
「今日のお礼。はい」
渡されたのは、二枚のチケット。タマムシシティで開催中のポケモンサーカスのものだ。
「うわあ、いいなあ。今日の日付だね…って、開演まであと1時間だよ」
「僕はこれからマサキさんのところに行く約束をしてるから、二人で行ってきたら?」
「え? で、でもセイジ、あたしも一緒に行っていいの?」
「僕は行けないし、あと1時間だから、連れていく人は限られるよね」
期待に満ちたまなざしのもえぎと、にんまりと笑うアサギを前に、セイジは苦虫を潰したような顔になる。
「……わかったよ。連れてってやるよ」
「本当? やったー! ありがとうセイジ!」
「ちょ…嬉しいのはわかったから、ひっつくな! 離れろ!」
ガバッと抱きつくもえぎに、セイジは顔を真っ赤にしつつ、大あわてで引きはがす。
「ごめんごめん、はしゃぎすぎちゃった」
てへへと笑う少女に、引きはがした事をちょっとだけ後悔するセイジ。横目で双子の弟を見ると、まだニマニマ笑っているので、ますます不機嫌になる。
「で、何を企んでるんだ?」
「全然。企みなんてあるわけないじゃないかあ」
「本当か?」
「嫌だなあセイジ、本当だってば」
あさっての方向を見る少年を、セイジはにらむ。が、はしゃぐもえぎを見て、さらに顔をしかめる。
「…借りだとは思わねえからな」
「思う必要はないさ。僕の借りを返してもらったからね」
「どういう事だ?」
「べーつーにー」
白々しく答えるアサギが、セイジの肩に手を置く。
「…もえぎの事、頼んだよ」
セイジが返事をする前に、アサギは背中を向けて、ポケモンを出す。
「先に行くよ。二人とも、早く行かないとサーカス始まっちゃうよ」
「おい…」
ピジョットに乗ったアサギは手をあげる。次の瞬間、少年を乗せたポケモンは、ものすごい勢いで赤い空の中に消えていった。
「あいつは…あれで姉離れしたつもりか?」
「早く行こう、セイジ。遅刻しちゃうよ」
空を見上げるセイジを、少女がせかす。いつの間にかオニドリルを出している。
「ああ…」
返事をする少年は、手にしたモンスターボールの開閉ボタンを押そうとする。
「待って。セイジもスズちゃんに乗りなよ」
「へ?」
「二人乗りした方が効率がいいでしょ?」
セイジは、二人で密着してポケモンに乗る様子を想像する。彼としては非常に嬉しい申し出だが、返事をする前に自分の鳥ポケモンを出していた。
「二人乗りだとスピードが遅くなるだろ」
自分の想像を悟られないよう、ポケモンの陰に隠れて言う。
「平気だと思うけど…まあいいや」
特に疑いもせず、納得したもえぎは、スズちゃんことオニドリルに乗る。セイジもピジョットにまたがると、二匹のポケモンは同時に飛び立った。

 二人のポケモンが空を羽ばたく中、セイジは渡されたチケットを見る。
「渡すまでの道のりはさておき、あいつが俺たちの後押しをしたのは初めてじゃねえか?」
セイジのもえぎに対する気持ちに気づきながら、今までは絶対に協力しなかったアサギ。
 しかし今回は、無人発電所の実験に付き合わされたとはいえ、お礼と称して、もえぎと一緒に行けと言わんばかりに、サーカスのチケットをくれた。

『…もえぎの事、頼んだよ』

 いつもの口調でつぶやいたアサギの顔は見ていない。一体どんな表情をしていたのだろうと、セイジは考える。
 彼だって、いつまでももえぎと一緒にはいられないことは、もちろんわかっているのだろう。チケットをくれたのも精一杯の譲歩だと思う。
 思うのだが。
「もう少し、素直に協力してくれればいいものを」
素直になれない自分のことは棚に上げ、つい文句が出てしまう。
「マルマインにボールを投げたことすら、計算だったりしてな」
「なんか言ったー?」
つぶやきが聞こえたのか、オニドリル上のもえぎが尋ねる。
「な、何でもねえ」
セイジの対応に、もえぎは首をかしげながらも、それ以上は追求せずに前を向く。
「言いたいことは山ほどあるが…」
嬉しそうにオニドリルにまたがる少女を、横目で見る。
「…仕方ねえな」
 肩に手を置く少年を思い出し、嬉しそうな笑顔の少女を長めながら、幼なじみの双子には敵わないな。とセイジは思った。



あとがき→


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