ドキドキ!ともしび温泉


 1の島にある「ともしび温泉」。
人もポケモンも入れるナナシマの名物温泉は、今日もにぎわっている。
その中でも目立つのが、カメックスをはじめとした6匹のポケモン。
見る人が見ればわかる鍛えられたポケモン達は、気持ちよさそうに温泉に浸かっている。
一カ所に固まって声を出し合ったり身ぶり手ぶりをしている様子をみると、どうやら会話をしているようだ。

「もえぎちゃんは、まだ話をしているの?」
ラッタのララちゃんがつぶやく。
「うん。ずっとおばあさんと会話をしているよ」
バリヤードのバリヤンが答えると、ポケモン達は10歳くらいの少女を見る。
ダークブラウンの髪の毛をタオルで巻いた、一見普通の少女が、彼らのトレーナー、マサラタウンのもえぎ。
何人ものジムリーダーを倒し、ポケモンチャンピオンを目指す女の子。
特訓は厳しい事もあるけれど、優しくてまっすぐなもえぎがみんな大好きだ。
だから、今のように他の人と話をしているのは、正直おもしろくなかったりする。
「たまにはいいんじゃない?ゆっくり温泉に入りましょうよ」
と話すのは、ゴローニャのゴロちゃん。見た目はごつい岩ポケモンだが、華も恥じらう乙女である。
「そうそう。もえぎちゃんも、たまには人間と話もしたいだろうし」
気持ちよさそうに温泉に浸かるライチュウのちゅうたのほっぺたがペカペカと光っている。
「放電するなよ、ちゅうた」
「そうよ。あたい達は電気に弱いんだから」
ちゅうたの様子を見て、カメックスのカメたろうとオニドリルのスズちゃんが怯える。
「あ、おまえたちもいるんだ」
 もえぎのポケモンたちの後ろから声がかかる。
フシギバナをはじめとした、5匹のポケモンがやってくる。
「フシギバナたちじゃないか」
「ギャラドスは?」
「さすがに巨体が入るのは無理があるだろうから、脱衣所のボールの中だよ」
「トレーナーさんは?」
「いるよ」
ウィンディが目配せをすると、もえぎとは対角線の位置に、茶髪のツンツン頭の少年が、沈みそうな勢いで温泉に浸かっている。
少年は、マサラタウンのセイジ。もえぎと同じ年で、やはりポケモンチャンピオンを目指すライバルである。
もえぎに背を向けるセイジの顔は、温泉に入っているにしても異様に赤い。
「あーあー、ウブだねえ。真っ赤になっちゃってさ」
カイリキーが、自分のトレーナーを眺めながら言う。
「つーかさあ、セイジくん、いつもえぎちゃんに告白するのよ」
「こっちが聞きてえよ。ケンカをふっかけては後悔しているし」
「それにしても、もえぎさんも気付かないものですね」
ユンゲラーが言うと、全員がうんうんとうなずく。
 セイジはもえぎに片思い中。周りの人間やポケモンたちですらわかっているのに、当のもえぎは全く気付く様子はない。
二人のやりとりを、それぞれのポケモンたちは、おもしろがりつつイライラしつつ見守っている。
「僕らがこうやって二人の話題を出している事にも気付かないんだろうね」
「何となく俺たちの気持ちはくみ取ってはくれるけど、なかなか意思疎通まではいかないからな」
「あ、もえぎちゃんが気付いたよ」
ピジョットの言葉に、ポケモンみんながもえぎを見た。

「あれー?セイジのポケモンじゃない?お久しぶり」
バスタオルを体に巻き、ザブザブと近寄ってくるもえぎに、自分のポケモンはもちろん、セイジのポケモンもなついてくる。
「みんな元気みたいね。この温泉、ポケモンにもいいって話だし。
 ところで、セイジはどこにいるの・・・あ、いたいた。おーい」
「も、もえぎも来てたのかよ」
あわてるセイジの様子に気付かず、バスタオル姿のまま、まっすぐに近寄るもえぎ。
当然のごとく、セイジはもえぎに背を向けたまま、あごまで温泉に浸かっている。
「なによー。久々なのに背中向けてさ。
 あ、わかった。恥ずかしいんでしょ?」
「ああそうだよ。俺はおまえと違って恥じらいの心を持っているからな」
「今更なに言ってるのよ。昔は一緒にお風呂に入ったりしたのに」
「ず、ずっとガキの頃の話だろ?
 もっとも、もえぎは今もガキみたいな体型だろうけどな」
「失礼ね!少しは成長してるよ!」
文句を言いながら、もえぎは水音を立てながらセイジの前に回り込む。
「・・・!!」
バスタオル姿の幼なじみが、セイジの視界に飛び込む。
大きな瞳、温泉でほんのり桜色に染まった肌、ささやかだが確実にふくらんでいる胸元に、視線が釘付けになる。
「バ、バババ、バカかおまえ。やっぱり棒じゃねえかよ!」
「ぼ・・・棒とまで言うこと・・・」
もえぎが勢いよく立ち上がったとき、バスタオルの結び目がほどけた。
「あっ」
「!?」
バスタオルが体から離れ、もえぎの胸元が見えそうになった瞬間、セイジの体にものすごい勢いの鉄砲水が直撃した。
「うわああああああああっ!!」
バシーンと大きな音を立て、セイジが盛大に吹っ飛ぶ。
バスタオルが温泉に広がったときには、セイジは入口近くの壁に激突し、引力に従いズルズルと落ちていた。
「セイジ!?」
もえぎがバスタオルを結び直し、あわててセイジの元に駆け寄る。
しかし、ライバルはすでに目を回していた。

 あわてるもえぎを尻目に、温泉の中にいるカメたろうがフンと荒い鼻息をはいた。
「もえぎの裸を見ようなんざ、100万年早い」
「い、痛そう・・・」
「あれは不可抗力だったのでは?」
「やりすぎだよ!カメたろう!」
セイジのポケモンたちがカメたろうに抗議をする。
「そもそも、セイジが煮え切らないのが悪いんだろうが」
「今はそれは関係ねえだろう!」
「関係あるわよ!セイジくんがもうちょっと素直なら、もえぎちゃんもあんな態度はとらないのに!」
「それを言うなら、もえぎちゃんが気付かないのが悪いんだろうが!」
「なにを!?」
「なんだよ!?」
「やるのか!?」
「やってやらあ!」
「リーフカッター!」
「ロケットずつき!」
もえぎのポケモンとセイジのポケモンがにらみ合い、ののりしあったと思ったら、温泉の中でワザを出し合うケンカが始まってしまった。

「コラー!ケンカしちゃダメー!」
温泉内での大バトルを見たもえぎが大声を張り上げて止めようとするが、ポケモンたちはケンカに夢中で気付く様子が全くない。
突然始まったバトルに、人々は逃げまどう。
「みんな!いい加減にして!」
温泉からはい出る人たちを逆走し、もえぎは温泉に飛び込む。
 中心部では、水や葉っぱや炎や念力が飛び交い、岩がなだれ落ちている。
大暴れのせいで、白い温泉も今は茶色に染まっている。
「やめなさーいっ!!」
必死でもえぎが止めようとするが、誰も聞いていない。
「キリが無いや。とりあえずモンスターボールを取ってきて彼らを入れないと・・・」
波立った温泉に翻弄されつつ、もえぎがボールを取りに行こうとしたとき、目の端にちゅうたのほっぺたが光るのが見えた。
「やめてちゅうた!ここで放電したら・・・!」
言い終わらないうちに、ライチュウのほおから青白い光が生まれ、放たれた。
バリバリバリ。と生木が裂けるような激しい音と共に、温泉を伝って稲妻が炸裂する。
「ぎゃあああああああああっ!!」
電撃をまともに喰らう、ポケモンともえぎ。
 ちゅうたが我に返ると、電気攻撃が効かないゴロちゃん以外の仲間たちが、白目をむいて浮かんでいた。


 その後、目が覚めたもえぎとセイジは、温泉の管理人に烈火のごとく怒られ、罰として、ともしび温泉の修理と掃除を命じられた。


「まったく。何で私まで掃除しなきゃいけないのよ」
プリプリと怒りながら、ゴロちゃんが岩を掘りおこす。
「仕方ないよ。一緒になってケンカをしたのは事実だし」
掘りおこした岩を、フシギバナが持ち上げ、積み重ねていく。
お湯を抜いた湯船の底を掃除するポケモンたち。空を飛べるピジョットとスズちゃんは、高い場所にあるひび割れを直している。
文句を言いたくてたまらない彼らだが、自分にも責任がある事と、トレーナーが目を光らせているため、黙々と作業を続けている。

 ポケモンたちに混ざって、もえぎとセイジも働いている。
もっとも、セイジは体じゅう打ち身やあざだらけでロクに動けないため、指示出しを主に行っている。
包帯や湿布が痛々しい。
「痛そうだよ。休んだら?」
セイジの元に、モップを持ったもえぎがやってくる。
「そうもいかねえだろう。俺のポケモンも暴れたし」
「ごめんね。元はといえば、カメたろうがセイジにハイドロポンプを放ったせいだよね」
「過ぎた事は仕方ねえだろ」
あきらめ口調で答えるセイジに、もえぎは首をかしげる。
(いつもなら、ここぞとばかりに文句を言いまくるのに)
セイジが文句を言わずに素直に働いているのは、もえぎの谷間に見とれていたという後ろ暗い思いがあるためだとは、当人は知るよしもない。
「よし。さっさと終わらせて、もう一度温泉に入るぞー!」
拳を突き上げ、もえぎが宣言した次の瞬間、後ろからズルベシャと音が聞こえた。
「だ、大丈夫セイジ!?どうしたの?」
「あ、いや、バランスを崩して滑っただけだ」
濡れた床にしりもちをついた格好のセイジは、なぜか顔を赤くしながらぶつけた部分をさすっている。
(もえぎの裸を想像したなんて、口が裂けても言えるか)
「立てる?」
もえぎが心配そうな顔で、手を差し出す。
「も、もも、問題ないっ!自分で立てるっ!」
あわてて立ち上がろうとするセイジだが、動転していたため、再び足がもつれる。
先ほどより盛大な音を立て、前のめりに床に突っ伏した。
「んもう。大丈夫じゃないじゃん。後は任せて休んでな!」
カエルのようにつぶれたセイジを起こしたもえぎは、腕を絡めて、強制送還さながら湯船から引っ張っていく。
(む、胸が当たって・・・)
動揺し、混乱しているセイジは、首まで真っ赤になりながらズルズルと引っ張られていった。

 二人の様子を見たポケモンたちは「春はまだ遠いねえ」とつぶやいた。


あとがき→


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